二章
第8話 異世界転生者についてわかっていること
二章 8 異世界転生者についてわかっていること
一週間が経過した。書類作成に報告書、軍歴証明書の入力業務をこなし、その合間に色々な人に話を聞いた。そして今、隼は入隊した新人兵士の講義室を訪れている。ショッピングモールを改装したこの場所には映画館の残りがある。そこが講義室として使用されており、ざわざわとした声が集まってきた。
「チュンちゃんさ。高校の授業とか寝てた派?」
隣のシートに座った男が声をかけてきた。隼は椅子に挟まっていた書類を手にしながらチラリと横を見つめる。そこには
「案外俺、真面目なんでちゃんと受けてましたよ」
「マジか。優等生には理解できないよな。俺、この歳から勉強とかムリムリ」
隼は秀人の言葉途中から鞄を漁りはじめ、三脚を取りだした。カメラを固定していたところに、秀人はさらに口を挟む。
「ねえねえ、チュンちゃんってテレビっ子?」
「いや、ほとんど見てないですけど」
「現代っ子アピールかよ! 俺は小さいころからテレビっ子でな、って聞いてる?」
ちょっと忙しいんで、と隼は軽くあしらった。カメラを固定し、ズームして画面を確認していると、そもそも呼び方がおかしいことに今更ながらに気づく。
「てか、そもそも。そのチュンちゃんってなんですか。俺の名前、知ってるじゃないですか」
「隼だから、チュンちゃんで。スズメの鳴き声みたいな、そういう感じ」
まったく意味がわからない。隼の反応が薄かったからか、秀人は身を乗り出してこう言った。
「ちょっとー、ここお通夜みたいなヤツばっかなんだから、笑ってー」
準は軽く吐息をもらして、それ以上はなにも言わなかった。ここに集められた一般上がりの兵士たちも入場が終えていたようで、急に照明が落とされはじめる。壇上の部分に照明が当てられて、そこに一人の女性が現れた。ショートヘアを耳のラインで切りそろえた菅野だった。
「静かにしてください」
冷たい水のような声に、周囲のどよめきが一瞬で消える。間髪入れず彼女は口
「まず。今回、国の指令によりお集まりいただいた皆様に、心より感謝を申し上げます」
集まった、と言っているが強制収容みたいなものなので、適切な表現には感じられない。鋭い目つきが隼にまで向いた気がした。彼女は一貫して、瓦のような厳しい眉間のしわを作っていた。隼はそれを撮りながら息をひそめた。
「さっそくですが、私は、対異世界戦線特別捜査隊隊長、
菅野は名乗ったうえで会場の椅子に座った兵士たちを見つめる。隼は彼女と視線が合った気がして、背中がピンと伸びた。ピリついた空気が流れる。
「それでは本題にうつります」
彼女の言葉に合わせ、巨大なスクリーンに映像が映し出される。表題は異世界転生者と表示されていた。
「まず、各地で確認されている異世界転生者ですが、のべ六十一件が観測されており、うち五十件が射殺対応で処理されています。異世界転生者とは、こちら側の世界の人間の人格を乗っ取り、我々の社会に紛れ込みます。ここまではテレビで放映されている内容と差異はありません」
そして、とさらに彼女は続ける。
「乗っ取られた元の人格は消え去り、乗っ取った側の人格だけが残ります。また、脳の魔力回路をこじ開けて、得意な力、〈魔法〉を扱います。しかし、この脳の魔力回路を開く方法は現代科学では解明できておらず、代わりに異世界物質を用いた兵器の開発を今も進めているところです。先日お配りした教材の三十二ページを開いてください」
準は菅野の指示に従って、膝の上で教材を開く。隣で秀人が耳打ちしてきた。
「三十二ページって、うわ、全部で八十ページもあるってよ。うげ」
「静かにしましょう」
隼は秀人をなだめる。
「もしかして、もしかしなくても優等生タイプ?」
あまり目立ちたくなかったので、隼は冷ややかな視線を秀人に向けた。教材に目を落とす。異世界物質、トラフィックシナーについてという項目だった。
「
会場全体がざわつきはじめる。しかし菅野は一向にかまわないといった様子で続けた。
「現在、異世界からのスパイ活動も数多く報告され、目的は明かされていません。しかし、我々はいつ隣の人が、愛する家族が、別の誰かに変わってしまう、そういう恐怖の元暮らしているんです。世界中が一致団結して協力をしなければ、この世界は、我々の文明は、またアイデンティティは滅ぶでしょう。つまり、」
一度言葉を区切った彼女は会場の端から端までを見つめる。それから数拍後、
「第二世代、第三世代の子供たちや未来のために犠牲となってください」
その言葉にどよめきが広がった。しかし菅野の眼がすべてを物語っているように隼には感じられた。彼女が目を細めるたびに、視線を送るたびに、ひとりひとりの命が刈り取られるような感覚を受ける。彼女の視線が、カメラのレンズを通して隼の首元を掴むような。わずか一瞬の視線だが、隼は思わず唾を飲み込んだ。
「私からは以上です。質問があれば、手短に」
菅野は感情を消した声で言った。どよめきが未だに広がる中、手を挙げたのは予想外にも秀人だった。
「どうぞ」
冷ややかな菅野の声があって、マイクが係員から渡される。秀人は視線を泳がせながら言葉を探して、こう言った。
「はじめまして。質問の機会をいただき、まことにありがとうございます」
さっそくですが、と前置きをして、秀人は慎重に口を動かし始めた。
「単刀直入に申し上げます。異世界転生の人格乗っ取り被害にあった人は、どういう扱いになるのでしょうか」
質問の内容に、隼は思わず秀人を見た。秀人は先日、姉を異世界転生者に奪われたばかりだ。菅野はヘビの睨みのようにじっと彼を見つめ、こう言った。
「現在の技術では、戻りません。処分対象となりますので、迷わず射殺します」
檀上と椅子の間は遠いにもかかわらず、今にも噛みつかれそうなほどの眼光だった。「回答は以上となります」とつけ足して、菅野はマイクから顔を離した。それから菅野は全体を見渡して、口を開く。
「魔力という言葉が、架空の存在として仮定したうえで研究を進めています。ですから、肉体と精神の結びつきと、魔力というものについてを解明しない限り到底無理な話です。その前に、異世界侵略者たちに我々は滅ぼされる」
彼女の瞳の奥では赤い炎が燃え盛っているような印象を受けた。ほかに質問は、という言葉に秀人は「大丈夫です」と言って、マイクを係員に渡す。それっきり視線を伏せている秀人を横目に、隼はかける言葉に迷う。それから少しカメラの中の菅野を見つめ、今度は隼が手を挙げた。マイクを受け取るまでもなく、静まった会場でこう口を開く。
「六十一件のうちの五十件が射殺対応ということでしたが、残りの異世界転生者はどうなっているのでしょうか」
空気がピン、と張りつめる。
まるで誰も口にできないことを隼が言ったみたいな雰囲気に、菅野の視線が隼から貼りついて離れない。なにかを試されているような気がした。
「それについては」
準の質問に菅野はひとつ呼吸を置いて続ける。
「今のところ情報は入っておらず、機密扱いにされています」
彼女の鋭く尖った視線は、隼の水晶体をも貫いて、なにか別のものを見つめている。そんな感じがした。すぐに視線を逸らして「他には?」と会場を見渡しはじめた菅野に、隼はあいまいな返答をのみ込まなくてはならなくなった。
今、考えられることは少ない。そもそも、異世界転生者六十一件のケースのうち、五十件だけが射殺となる、と、残りの十一件についてはそれ以外の処分が下されているはずだ。もしくは、野放しになっているか。なにかを隠していることだけはハッキリと理解した。とにかく、隼はそこで無言を決め込んだ。
とにかく、先日の晶子の件はまだ誰にも言えない。そう、思った。
セブンスヘブンー異世界記録係ー 日高 章 @hidakashou
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