第6話 とつぜん投げ出されたこと

6 とつぜん投げ出されたこと


「それで、どこに向かってるんですか」

 菅野カンノと名乗った女性隊長と軍用車に乗せられ、揺られること十分。ようやく隼は質問をすることができた。それまで張りつめていた緊張が、電車の空気の抜けるような感覚と共に少しだけほぐれた。なにせ、「連れて行きたいところがある」という一声で、隼は今車で揺られ、新宿駅前の大通りを通っているのだから。

「これから、斎藤秀人さいとうひでとに会う。内容については着いたら話すわ」

 カメラを膝の上に置いて、隼は眉をひそめた。斎藤勝、例の異世界転生者、斎藤葵の弟の名前だ。意図がわからず隼は沈黙していると、運転をしている菅野が耳元で切りそろえられた黒髪の隙間から聞いてきた。

「あなた、タバコは?」

「吸いません」

「そ。賢明ね。私はときどきしか吸わないわ」

 質問の内容がつかめないままだ。隼がうなずきながら彼女から視線を外したときだった。

「菅野さつき。階級は中佐よ」

「僕は、畠山隼です」

「ウワサは聞いてる」

 一体どんな噂が広まっているのか、隼には想像すらできなかった。視線を外に逃がす。床に寝転がった女性、服もボロボロの男性、駅前のラクガキと転がったアルコールの缶。治安は決していいとは言えない。一年前はもっと人で溢れていた新宿も、今では無法地帯と化している。車が駅を通過して、どこかへ向かう。そのどこでも、こういった光景はもう珍しくはない。国が軍に注力しているぶん、職を失う人々も多い。そういうニュースは、ネットで見かけたことがあった。

 隼はあまり新宿には来ない。異世界転生者がいて、異世界侵略が起ころうとしていても、人々の世界はあくまでこの場所であり、そこにある。隼もそのうちの一人にすぎない。

 到着したのはそれから十分後で、塀が設けられた病院だった。入り口には守衛が二人、銃を手にして見張っている。入館証を見せた菅野の運転する車両が、ゆっくりと中にはいる。グレーとカーキ色の車の群れがあって、その隣に車は停車した。

「着いたわ」

 隼はシートベルトを外して車を降りる。肌寒い空気は十二月に入って多くなってきた。それでも例年よりもまだ温かい。菅野が「こっちよ」を言って、隼はカメラを構えたまま後を追う。入り口の辺りにも複数の兵士が立っていて、隼は無意味に頭を垂れるのだが、まったく見向きもされなかった。

 病室まで静かなもので、ときどきすれ違う白衣の人や兵士を見て、思わず緊張する。なにせ、隼は徴兵されるまではただのアルバイト生活で、こんな場所と縁がなかった。一気に変わった環境の中で、見えない疲れも溜まっているのだとなんとなく思った。

「斎藤秀人に会うわけだけれど。カメラを回して記録し続けて」

 階段をのぼりながら菅野は声を低くして言う。隼は「わかりました」の縦返事をして、病室の前に着いた。兵士二人に目線で合図したのだろう、兵士が扉を開けた。菅野はコートにポケットを突っ込んだ状態で開いた扉の中に入るので、隼も後を追った。ハンディカメラを構える。

「斎藤秀人。軽傷で済んだのは奇跡的ね。調子はどうかしら」

「サイアクです」

 ふてくされた声で応じたのは秀人で、病院着と手首に繋がった点滴が見える。秀人は菅野から隼へ視線を向けて、目を細めた。

「記録係まで一緒ってことは、死刑宣告でもされるんでしょうかね。囚人の気持ちが少しわかりましたよ」

 軽口を言っているように聞こえたが、彼の表情は全く笑っていない。

「それだけ軽口が叩ければ、大丈夫そうね」

「そう見えますか? だったら人を見る目がないんじゃないですかね。旦那さんいます?」

 秀人が鼻で笑って、それに菅野はまったく動じずポケットに手をつっこんだままだ。

「その口の利き方から、直すわけ、か。骨が折れそう」

「どういう意味ですか」と、秀人。

「そのままの意味よ」

 菅野の答えに、その場にいた秀人と隼は瞬きで応じる。一体何の話をしているのか、わからなかった。

「斎藤秀人、そしてここにいる記録係の畠山隼。二人は同じ記録係として、私の元で働いてもらうことが決まりました。意義異論は認めないし、決定事項よ」

 菅野はそこで部屋を見渡して、病床びょうしょうの外をぐるりと歩きながら続けた。

「主な業務内容は、異世界転生者への対策と捜査。それから撮影ももちろん、これまで通り軍歴証明書の作成は常にある。あとはそうね。魔力研究にもいずれは携わってもらうことになる」

 点滴のある窓側に移動した菅野はそこで隼を、カメラを見つめて、

「畠山軍曹と、斎藤軍曹を呼び出したのは、そういうことよ」

 首を気だるそうに傾けながら言った。階級まで言い渡された。その言葉に隼は未だになにを言い渡されたのか理解が難しい。それは秀人も同じようで、彼は背中をベッドから浮かせた。なにか言い返す気配を感じたのか、菅野が先手を打つ。

「二人とも、異世界転生者には詳しいはず。私の調べだと、畠山軍曹もなにか言っていない心当たりがあるんじゃない?」

「なんの、ことでしょうか」

 隼は背中に汗がしたたるのを感じた。

「国民は異世界転生者についての情報が一般的に手に入るようになった。そして新たな義務が発生した。彼らを秘匿してはならない。異世界転生者の情報は速やかに通報すること」

 法改正が整ったとともに、確かにメディアでは何度も報道されている内容だ。それよりも、隼が異世界転生者の存在に詳しいという情報をどこで手に入れたのだろうか。カメラを持った手の内側で、汗がにじんでいた。

「畠山晶子さんの消息が途絶えている。それについて、なにか知っていることがあるはずね」

 菅野のヘビの睨みは、隼の反応をうかがっているのが容易にわかった。

「ま、それはまたの機会に話すわ。とにかく、そういうこと」

 菅野は窓際のブラインドに触れて、埃を見つめながら言った。

「ここの責任者と話すことがあるの。畠山軍曹は彼と今後のためにコミュニケーションを取っておきなさい」

 そう言い残し、両手をポケットに入れながら立ち去ろうとした。その寸前、秀人が引き留めた。

「あの、どういうことなのか。それに、姉ちゃんは」

 秀人は言いながら語尾の辺りで口をすぼめた。それから一つ、呼吸を置いて菅野が答える。

「魔女の情報は国家機密レベルの秘密よ。一度乗っ取られた体は元には戻らない。もう忘れなさい」

 それっきり菅野は外に出て、扉が閉じられる。部屋に取り残された隼と秀人は互いに視線を合わせて、すぐに逸らす。なにか気まずい気がしたからだ。

 カメラを止めるか迷っていた矢先、秀人が口を開く。



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