第4話 魔力
4 魔力
「ぜんぶ、燃やしてあげる――Fire《ファイヤ》」
葵の唇が動いた、と同時だった。隊員たちが一斉に引き金を引いて、鼓膜をつらぬくほどの銃声が響き渡る。しかしそれよりも先に熱気と共に炎が突如としてあらわれて、葵がかざした手の先で踊る。その炎が植物園の木々に燃え移り、一瞬にして消し炭と化した。隼はカメラを握るのがやっとの状態だ。なにが起きているのか、理解の範囲を完全に超えていた。それでもカメラを向け続けなければならない、と思った。
銃声が止み、炎が消える。銃弾の溶けた様子と、チラチラと残った炎。魔法というものの恐ろしさを目の当たりにし、隼は体の奥底から震えているのがわかった。葵は無傷のようで、冷たい視線を周囲に向けている。秀人はその場に腰から砕けて、後ずさりながら、
「化け物、化け物!」
目を見開いて言った。隼は渋谷の事件のときと同じで、映像を撮ることに必死だった。SNSでバズる、とかそういう話ではない。なにか、撮らなければならないような気がした。脳裏で母の
葵は自分のてのひらを見つめながら、口を開く。
「すごい、ただのファイヤの魔法でこの威力。魔力に満ちた世界って本当なのね」
秀人の様子も無視して、葵は手のひらから手の甲、肩、足の順番に自分で見つめている。まるで他人の体を調べるように、見つめていた。ジ、ジジ、と燃え残った炎がコンクリートの上で音を鳴らしている。それからようやく、葵は秀人に向き直り、こう言った。
「化け物だなんて酷いじゃない、弟くん。これでも私は人間なんだけれど」
葵の言葉があって、直後。
「魔力弾! 一斉射撃!」
隊長である女性の叫び声に、即座に葵の唇が動いた。
「Wind《ウインド》」
突然、その場にいた銃を構えていた隊員たちが、車にはねられたみたいに吹き飛ばされた。隼はカメラを右手に、左手で思わず視界を覆う。スニーカーの内側で踏ん張って周囲を見ると、投げ飛ばされた隊員たちがうめき声をあげていた。心臓が、バクバクと悲鳴をあげている。しかし隼はその場から動けず、カメラだけを葵に向けている状態だった。隊長と思しき女性も吹き飛ばされ、なんとか立ち上がろうとしている。
葵は唇を三日月形に歪ませて、こう言った。
「炎の魔法は術者にダメージが大きいのが難点だって思ってたけど、これだけの魔力を扱えれば改良はすぐできそうね。こちら側の魔力の毒素も、改良次第で改善できるかも」
葵の嬉々とした様子に、吹き飛ばされなかった隊員が銃を向けるも、「windCutter《ウインドカッター》」の一言が発せられる。その直後、手首を抑えて膝を崩す隊員たちに、隼は逃げなければ、と思った。しかし撮影を止めることもできない。動けない。いよいよ、葵の視線が、隼へと向いた。
「キミは敵意がないのかな。逃げないの? 手に持ってるそれは、なに?」
葵が一歩、一歩と近づいてくる。隼はなんとか口を開いた。
「これは、カメラです。俺は記録係ですから」
あくまで冷静を装って、隼はカメラを向けたまま言った。本能が、逃げろ、と言っている。しかし隼は渋谷のあの事件のときと同様、ただカメラを回すことを選んだ。
「カメラっていうのは記録魔法みたいなものかしら。私が怖くないの?」
葵の興味が、今度こそしっかりと隼へと向いた。ほほ笑みながら言う葵に、隼はなんとか呼吸を腹に落として、震えながら答える。
「怖いですよ。けれど、与えられた仕事はこういうことなんだって、いま実感してます」
隼はまるであの日のようだ、と思った。雨の日の、桜を散らすほどの強風と、湿気と、乾いた母の言葉。天気もなにもかもが状況的に違う。しかし、隼はそれを思いだした。
葵は突き刺すような視線を隼に向けて、一拍後、
「イカれてるね、ボウヤ。でも私そういうの好きだよ」
不意に気を緩めたような表情で、そう、言った。ボウヤ、と言われても葵の見た目は隼と大して年齢の差を感じさせない。今はそういう話ではない。隼は唾をのみ込んで、動揺を必死に
「さて、死にたいのかな。それとも生き地獄を味わいたいか、どっちかな」
「化け物! 姉さんを返せ!」
葵の言葉にかぶせて、秀人が叫んだ。葵の視線がゆっくりと秀人へと向く。
「それは無理よ、かわいい弟くん。だって、もう、この体の持ち主は私なんだから」
額から、汗がしたたるのを、隼はようやく肩で拭った。
「さて、この世界のこと、教えてもらえるかな。私もやるべきことがあるのよ」
葵は手をかざして次の言葉を口にしようと唇を動かし始めた、そのときだった。
「この、魔女が! 覚悟しろ!」
割り込んできたのは隊長の女性で、視線を滑らせる。彼女はそれまで手にしていた銀色の銃を放り捨て、コートの内側から小銃を取りだす。
シュパ――。
空気を切り裂くような音がしたと思った直後、葵の前に立ちふさがったのは秀人だった。隼は目を見開く。秀人は腹を押さえながらその場にうずくまっている。その様子に、葵も目を見開いて驚いていた。しかし再び空気を圧縮したような音があって、今度は葵が肩を押さえながら倒れ込む。なにが起きているのか、隼は理解ができないでいる。
すると葵は、急に体を左右にじたばたと動かしながら苦しんでいる様子が見えた。
「こちらの魔力を圧縮した弾丸は、あなたたちには毒みたいね。一月は苦しむ量の魔力よ。これから時間をかけてたっぷり尋問してあげる」
隊長の女性はそう言って、荒い呼吸を引き連れながら二人に近づいてゆく。葵が抵抗しようと周囲に紋様を発生させるが、さらに苦しんでいる様子で喉を押さえた。そのかたわらで、秀人が地面を這いながら、手から離れた銃を取ろうと腕を伸ばしていた。
「待て、俺が、俺が殺さなきゃならないん、だ! 約束を、」
しかし、隊長の女性は冷たく銃を足で蹴る。カランカラン、と乾いた音が植物園に響き渡った。
「勝手に銃を持ちだしただけでなく、異世界転生者をかばった。あなたも同罪よ」
彼女の言葉と鋭い眼光は、まるで尖端を最大までとがらせたアイスピックのようだと思った。秀人に向けて、銃口を向ける彼女に、隼は思わず口を挟んだ。
「待ってください! 彼は人間ですよね」
彼女の切りそろえられた髪の下から、ヘビのような睨みが隼に向けられる。彼女から、無言の圧力があって、それでも隼はカメラと自分自身の目を逸らさなかった。
数拍後、彼女は鼻で吐息をもらして、スマホをポケットから取りだした。
「緊急事態です。
それから隼には一切視線を向けることはなく、彼女は周囲の動ける隊員たちに指示を出す。秀人はそれっきり意識を失ったようで、その場で倒れて動かなくなった。
「動ける隊員は至急救護を。それから、魔女を完璧に拘束します」
隼はとにかくその様子も撮り続けながら、未だに一歩も動けずにいた。じたばたと苦しみ続ける葵が、涙を流しながら小さく言っていた。
「わ、たし、落ちこぼれ、イヤ、イヤだ、処分は、イヤ」
隼は目を細めた。異世界転生者がこの世界にきた
少なくとも、隼はそれを知っている。
少なくとも、隼はそれを目の前で見たことがある。
一体、このあと彼らはどうなるのだろうか。
隼はそこが重要だ、と思った。
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