第3話 異世界転生者

3 異世界転生者


 渋谷のあの状況で撮影を続けていたじゅんは幸運にも生き延びて、事情聴取に引っ張りだこだった。もちろん、SNSはバズっていたし、それなりの承認欲求も満たされた。しかし、あのときの光景は未だに脳裏にこびりついて、排水溝の下の臭いみたく取れてくれない。その結果、徴兵の指令がこの国としてはあり得ないスピードで憲法改正が勧められ、徴兵命令を受けることとなった。

 そしていま、隼は飯島いいじまの指示により、軍用車の中に揺られている。

『匿名の情報だが、異世界転生者が確認されたようだ。現場を撮影しろ』

 との指示で、それっきり隼はパーカーの下に防弾チョッキを怪訝けげんな顔で着せられた。そのまま半ば強制的に車に乗り込ませられ、隼はカメラを回しながら現場へ向かっている。さきほどの秀人の話では記録係は安全だという話があった。しかしどうやらその認識はまったく違うようで。武装した兵士たちが感情のともしびを消した瞳で前を見つめながら並んで座っている。その様子を撮影していると、黒いコートの女性がちらりと隼を見た。おそらくこの隊のリーダーと思しき女性は、かわらみたいな険しい表情をしている。なんだか背中にピリッと電流が流れた。隼はカメラを握る手を強める。

「到着しました」

 兵士の声がした。

「衛星情報によると、新宿御苑の植物園に入ったみたいね。対象は斎藤葵さいとうあおい。見つけ次第、射殺を許可する」

 隼は思わず唾をのみ込んだ。射殺、という言葉を日常で聞く日がくるなど、一年前の自分には予測できなかっただろう。女性隊長の顔から、どこか寂しさと、それを覆いかぶさるほどの巨大な怒りのようなものを感じる。隼はこれを逃してはいけないと思い、カメラを向けて、それから外に出た。

 新宿御苑の植物園に向かう。武装した兵士は当然ながら素早く行動し、隼はそれに追いつくのがやっとだった。

「そろそろ到着するわ。緊迫した現場になる。くれぐれも余計なことはしないで撮影だけしていなさい」

 隊長から告げられたが、彼女は最後まで隼の顔すら見ていなかった。彼女の冷ややかな目があった。要するに、前に出すぎるなということだろう。隼は死にたがりではない。小さくうなずいて、これから起こることに意識を向けることにした。

 兵士たちの構えた銃が、今更ながらに現実として映る。兵士たちの気配を殺した歩き方よりも隼の着たパーカーの衣擦れと、風の音のほうがずっと響く。

 ゆっくりと、植物園に入った。

 やたらと静かだ。

 シダだかなんだかの葉の間から様子をうかがう。順路を進んだ先の広場に、二つの人影があった。兵士と隊長の銃口が向けられる寸前、なにかに気がついた人影が声を発した。

「お早いご到着でしたね。さすが国の機関。びっくりたまげちゃいますよ」

 その声と、姿に、隼は瞳孔を開く。つい先ほど話をした無精ひげを生やした、あの秀人が立っていた。その隣には、見知らぬ女性が一人。切りそろえた前髪に長髪姿の女性は秀人の腕を掴んでいた。

「秀人、あなたの言う通りここに来たけど、どういうことなの?」

斎藤秀人さいとうひでと、あなたも一緒だったのね。兄弟仲がいいけど」

 隊長の言葉が一度区切られる。

「発信源から特定したわ。あなたが通報者ね?」

 その言葉に隼は遠くから見守って、カメラをズームした。二人とも軍服姿だが、斎藤葵と思しき女性だけは不気味なまでに冷静そうに見える。秀人は空笑いを浮かべながら尻ポケットから銃を取りだして、それを葵に向けた。同時に隊員たちが一斉に銃を構える。秀人の揺れる瞳と対照的に、なんの反応もない葵の瞳がぶつかる。

「どういう、ことなの?」

 そこでようやく葵の眉が寄せられた。しかし、葵は動揺している様子はない。葵の立ち姿に、隼は違和感を覚える。

「コイツは、もう姉さんじゃない。だから皆さん俺の手柄ですよ」

「なにを、言ってるの」葵が一歩、後ずさる。

「姉さんのフリをするのはやめろ!」

 秀人の怒声に、葵は今度こそ動揺したように声を発した。

「どうしてそんな酷いことを言うの。私、なにかした?」

 葵の必死な言葉に、隊員たちが距離を徐々につめる。秀人はそれも構わず、葵に向けて銃口を向け続けながら口を開いた。

「姉さんはな、ある理由から酒を二度と飲まないって約束をしたんだ。だけど二日前、コイツは姉さんの体を使って酒を飲んでいた。おかしいですよね」

「だってそれは、この生活があまりに過酷だから。たまに、の息抜きじゃない」

 葵が秀人を警戒した目で見つめて言った。しかし秀人はそれを鼻で笑って、あくまで感情を抑え込んだ様子で続ける。

「教えてやるよ、化け物。姉さんはな、俺のために酒をやめたんだ」

「魔力探知完了。ヤツは異世界転生者です」

 秀人の指が、銃の引き金に触れたそのときだった。

「だから、約束を守る。俺は姉さんを俺の手で連れて行く」

「斎藤秀人! いいから離れなさい!」

 突然響いた隊長の怒声が、植物園の空気を震わせる。猟銃のような大きさの銀色の銃が、構えられる。彼女の羽織ったコートの背中のしわが、ピンと張った。隊員たちも含めたジュン以外の全員が、一点に対象を絞っていたとき、葵がおもむろに口を開いた。

「なるほど。肉体の記憶はあっても、感情まではわからないとこうなる、か」

 それまで葵の声は戸惑っていたにもかかわらず、まるで他人事のような冷ややかな声に変わる。ワントーン低い声で言って、腕を上下に動かす。まるで他人の体を操る練習をしているように隼には見えた。カメラを葵にフォーカスしながら、隼は冷や汗が流れるのを感じた。

 葵は周囲を見渡し、目を細めながらこう言った。

「守ってくれる弟がいて、嬉しかったんだけど。お酒を飲むと、魔力が増幅されて、つい力のために飲んでしまったのは、そうか。間違いだったか」

 葵の瞳が急に暗くなる。それに少し離れた場所にいる隼まで全身の身の毛がよだつような感覚があって、

「対象、斎藤葵を撃て!」

 指示があった。と同時、葵の唇が不気味に、ハッキリと動かされる。


「ぜんぶ、燃やしてあげる――Fire《ファイヤ》」



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