第2話「能無し巫女の敗北」

***


翌朝、外様巫女を何名か連れて白岩山のふもとに訪れた。


外様巫女とは筆頭家門の血筋以外の巫女をさす。


衰退する一途の弓巫女は瀬織のカリスマ性で保たれており、復興に向けて瀬織が実績を稼ごうとしていた。


それでも弓巫女の衰退は止まらず、不満の声もチラホラと上がるようになっていた。


「あーぁ、どうせ巫女をやるなら槍巫女の適正がほしかったなぁ」


「弓巫女はこれからよ。実質、全巫女のなかで瀬織さまが一番お強いんだから」


「刀巫女は当主が変わったものね。元当主の親戚かなんだかが継いだとか……」


「あなたたち」


「「キャッ!?」」



ひそひそ話をする外様巫女たちに瀬織が目を鋭くさせ、艶やかに微笑みかける。


「弓巫女はあなたたちが頼りなの。力を貸してちょうだい」


「「は、はいっ!」」


非の打ち所がない艶っぽさは誰もが見惚れてしまうほどだ。


私も例外ではなく、心の中でキャーキャーはしゃいでしまうので中々の重症だった。



「能無し巫女では何の役にも立たないのだから」


私を傷つけるためだけに存在する言葉。


大好きな妹が発する言葉は刃物のように鋭くて痛いはずなのに、求めてやまないのは甘い蜜のせい。


空虚な手のひらを見下ろして、ぐっと握りしめる。


弓以外に握ることは許されない無力な身。


どうすれば瀬織のとなりに並べるのだろう。


堂々とあやかし退治を渡り歩く空想に耽ってはもの悲しい気持ちになった。



***



ふもとの住人に話を聞き、あやかしは白岩山に潜んでいると踏み山を登ることにした。


発展した都市ならばあやかしが滅多に出ないが、ちょっと離れればイタズラに襲ってくるあやかしが現れる。


山は典型的な生息地であり、生い茂る草をかきわけて進むと小さなあやかしが襲ってきた。



「およずれごと、射るが務め! かくりよへ帰れ!」


刀や槍が距離を詰めてあやかしを倒すのに対し、弓は一撃必殺で射的する。


遠距離戦が得意なため、本来ならば刀や槍巫女たちと連携したいところ。


それも各家門の不仲により、今では難しくなっていた。



(瀬織が当主になれば変わるのかしら)


弓巫女として適性のない私では白峰家を継ぐことが出来ない。


瀬織は当主を目指しているが、それも他の巫女たちが噂していたので間接的に知っただった。


(当主になるとは思うんだけど、まだ水弓が手に出来ていないからな……。父上は身を引く気はあるのかしら?)


父の考えがわからないレベルで私は肩身の狭い状態だ。


瀬織に嫌悪されているので、瀬織に聞いてもそっぽを向かれてしまう。


当主になるには筆頭家門に伝わる”水弓”を手にしなくてはならないそうだが、道頼はそれを持っていない。


なんでも道頼の姉が持っていたそうだが、あやかし退治で亡くなり弓も行方知れずだとか……。



「かくりよへ帰れっ!!」



ハッと顔をあげれば瀬織の放った矢で複数体のあやかしが消える。


通常は一矢につき一体のあやかしをかくしよに送るものだ。


瀬織の巫女としての力は高く、一矢で複数体を倒すことが出来るのでまさに”最強”だ。



”およずれごと、射るが務め! かくりよへ帰れ!”



この短い言霊を発すればなお力が集約して、強力な一撃となる。


巫女の先頭を走る”巫女のなかの巫女”だった。


だからこそ尚更悔しいもの。


圧倒的に強いからこそ瀬織の負担は大きくなる。


弓巫女の適性がない私にせいぜい出来ることはあやかしの足止めだけ。


肝心なところは他の巫女に頼るしかなかった。



「! そこっ!!」


茂みの向こう側から禍々しい気配がして、とっさに弓を構えてあたりを警戒する。


すぐ近くに小物のあやかしを引き連れた親玉がいるのだろう。


キィキィと鳴くあやかしたちの奇声に混じって頭上から風を殴る音がした。


「ギャアギャアッ!!」


小物のあやかしを押し飛ばす勢いで、巨体な鳥の姿をしたあやかしが現れる。


翼を大きく振れば木々を巻き込んでドサドサと葉が落ちてきた。


かろうじて風に巻き込まれないよう木の影に逃げ込んだが、すぐに巨大鳥によって木が丸裸にされるだろう。


いち早く動きを止めようと、あえて言霊を口にして矢を放った。



「ギャッ!」


(ダメだ)


巨大鳥はあっさりと翼で矢をなぎ払い、空を陣取って威嚇してきた。


人里を襲うほどに邪気まみれの巨体鳥をなんとかしてかくりよへ帰したい。


そのためにまずは矢を放てる開けた地が必要だった。


「向こうの岩場に追い込んで! あとはあたしがなんとかする!」


瀬織は坂をのぼった先にある岩場を指さし、そこで巨体鳥を射抜く気のようだ。


瀬織の指示に外様巫女たちは即座に動き、私は巨体鳥の意識を瀬織から離そうと奮闘した。


なんとか岩場にたどりつくと、巨体鳥は自身が追い込まれたと気づき、怒り狂って強い風を巻き起こす。


風が止まった瞬間が好機、私は道を切り開く覚悟で前に飛び出ると巫女らしく叫んだ。



「およずれごと、射るが務め! かくりよへ帰れ!」


言霊を口にしてもやはり巫女の力は宿らなかった。


だが矢は巨体鳥の眼に直撃し、視界を奪うことに成功した。


(やった!)


あやかし退治に真っ当に貢献できたと、爽快さな気分にガッツポーズをとる。


つかの間の喜び、絶叫をあげていた巨体鳥は瀬織から私にターゲットを移すと、眼球から溢れ出す血を振り散らして私に一直線に向かってきた。



「菊里!?」


「キャアアアアアアッ!!」


目ん玉一つつぶしたところで巨体鳥は簡単に怯んでくれなかった。


何の力も持たない私の渾身の一矢はしょせんかすり傷だ。


巨体鳥のかぎ爪が岩場に衝突し、足元が崩れて私の身体は岩とともに崖から落下した。


瀬織の急いた声を聞いて、皮肉にも私の口角は緩んでいた。


落ちていくなか、意識が飛ぶ直前に真っ白な光が巨体鳥を飲み込むのを見た。


瀬織が巨体鳥を倒した。



「ごめんなさい。お母さま……」


安堵とともに私は遠ざかる瀬織に想いをはせ、重なる顔立ちを脳裏によぎらせる。


私と瀬織を繋ぐのはオッドアイ。


眼帯で覆った右目が熱くなり、焼け死ぬような感覚に光は閉じた。

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藤に隠すは蜜の刃 〜オッドアイの無能巫女は不器用な天狗に支えられながら妹を溺愛する〜 星名 泉花 @senka_hoshina

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