藤に隠すは蜜の刃 〜オッドアイの無能巫女は不器用な天狗に支えられながら妹を溺愛する〜

星名 泉花

第1話「無能の姉、完ぺきな妹」

世界で一番いとおしいのは双子の妹だ。


巫女として誇り高い背を私は見つめるばかり。




あやかしを倒すために弓を構えて足止めをする。


まわりにいる巫女たちが小物のあやかしを倒すことに成功しているなか、私はそのサポートに徹していた。



「およずれごと、射るが務め! かくりよへ帰れ!」


荒ぶる叫びが響くなかでひときわ凛とした声が私の横を通過した。


まばゆい光とともに蓮の花が咲き、あやかしを飲み込んでいく。


何体もいたあやかしの中でのボスを倒すと、他のあやかしも光に飲み込まれて消えた。


息を吐き、琥珀の髪を背中に流してスタスタとその場から去ろうとする。


「瀬織!」


私は浮かれた気持ちで瀬織に左側から駆け寄った。


手を伸ばして瀬織の袖を掴もうとして……弾かれる。


「触らないで!」


「あっ……ごめん……ね」


すぐにそっぽを向いて他の巫女たちを一瞥する。


「後始末はまかせるわ。お願いね」


「「はい! 瀬織さま!」」


誰もが見惚れる端正な顔立ちに、艶のあるきらめく琥珀髪。


凛とした横顔は左側から見ればせっかくの美しい瞳が見えなくなる。


瀬織への気持ちが高鳴ると私はつい手を伸ばしてしまう癖があった。



「菊里さま。ご指示をいただけますか?」


「あっ……はい。まずは――」


指示をあおぎにきた巫女と対話をしていると、後ろからひそひそとした声が聞こえてくる。


「本当に瀬織さまはステキね。対して菊里さまは……」


「本当に双子なのかしら? 出来があまりに違うのではなくて?」



もう慣れたこと。


双子として育てられたはずなのに巫女として才覚があったのは瀬織だけ。


私にはあやかしをかくりよへ帰すだけの力がない。


”弓巫女”の筆頭家門の娘でありながら、私は笑いものでしかなかった。



(強くなりたい)


瀬織と肩を並べられるくらいに。


欲をいえば瀬織を守れるくらい強く、たくましく……。


右目を覆う眼帯を指でなぞってみる。


私と瀬織は両目の色が異なる”オッドアイ”を持っており、それしか私たちを繋ぐものはない。


オッドアイであることを隠すために私は右目、瀬織は左目に眼帯をつけていた。


表に出るのは藤色の瞳だけ。



***



「ただいま戻りました」


瀬織と並んで畳に手をつき、上座に腰かける当主・道頼に頭を垂れる。


厳格な顔をして道頼は眉間にシワを寄せ、私と瀬織を見比べてため息をついた。


「あやかしの出没が報告にあがった」


(最近多いな……)


ここ十数年で徐々にあやかしの出没数が増えている。


加えて弓巫女の人数も減っており、忙しない状態だ。


桁違いに強い力を持つ瀬織にあやかし退治の命が集中していた。


「どちらへ向かえばいいのでしょうか」


「ここから東に一刻ほど、白岩山のふもとに現れるそうだ。今、回せる巫女が少ない。菊里を連れて向かってくれ」


(白岩山かぁ。近いわりにあまり行ったことがない……)


「父上、何度も申し上げてますがわたくし一人で十分です。”能無し巫女”なんて足手まとい」


「そう言うな。筆頭家門の者が出ないわけにはいかん」


道頼の言葉に瀬織はぐっと不満を飲み込んで背筋を伸ばす。


「明日、陽が昇り次第向かいます。山となれば暗さが増しますから」


瀬織は父に頭を下げると、スッと立ち上がって部屋を出る。


私も瀬織を追いかけるため、慌てふためいて立ち上がり駆けだした。



「瀬織! 弓の手入れはしておくからゆっくり休んで!」


巫女として役立てない分、出来ることは何でもする。


瀬織の力になれるならと、一心に笑うも瀬織にとっては気に食わないようだ。


「父上が言うから仕方なくよ。お前は無能らしく引っ込んでなさい」


「瀬織……!」


眉をひそめ、棘を含んだ声で威圧するとサッサと突き当りを曲がってしまう。


なんとか追いつこうとしたが間に合わず、荒々しく襖を閉めて私室に入ってしまった。


残された私は張り付けた笑顔を、視線だけが落ちていく。


何もない手のひらを見下ろし、弓を想像して握ってみたがしっくりこなかった。



「強くなりたい……」


その想いだけは一途に変わらない。



(弓巫女として適正がないのはわかってる。だったらどうすればいいの?)


刀巫女、槍巫女、弓巫女。


その弓巫女の筆頭家門に生まれ、弓だけを握って瀬織の背を追い続けた。


いつか細い肩にのしかかる負担を少しでも分けてほしい。



誰よりもいとしい妹。


その隣に並んで恥じない姉となるにはどうしたらいいのだろう?


決して弓以外は握らせてくれない。


筆頭家門の者が軸となる弓を握らないのは道理に背いていると許しが降りなかった。

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