敵船襲来 3


 濃い闇が垂れ込める湾口に、赤い炎がパッと花開く。その光の中浮かび上がったのは、黒い旗を掲げた海賊船だった。おそらく、五、六隻はいるだろうか。轟音が遠くで響き渡り、砲弾が海に落ちたような水音も聞こえてくる。

 敵襲を知らせる鐘の音が騒々しく響き渡る中、“カリュプソ亭”を飛び出したクック達は、港に向かって全力で走っていた。


「女子供は、丘の上に避難しろ! 戦える野郎どもは俺たちに続け!」


 家から出て不安そうにさまよう人々に向けて、クックがそう声を掛け続ける。港に近づくほど、人々の混乱は高まっていった。大通りには丘に向かって避難する人々がひしめき、四人は自分たちを逆向きに押し流そうとする群衆をかき分けて進まなければいけなかった。


「おせぇぞ、おまえら!」


 やっとの思いで港にたどり着いた四人を、メイソンの怒声が迎え入れる。“翼獅子号”の仲間たちは敵船を迎え撃つため、もう船出の用意を始めていた。

 バジルが険しい顔でクックに歩み寄る。


「今すぐ島を救う旅に出ねぇといけねぇってのによ、わけわからん奴らが襲ってきやがった! あいつらはなにもんだ⁉ そんで、ジーナから目当ての情報は聞き出せたのか⁉」


 皆、同じように緊迫と困惑がない交ぜになった表情をしている。仲間たちの不安そうな顔を見回し、クックは深いため息をついた。


「どうやら、デズモンドとハスラーが手を組んだらしい。タウルズの貿易会社に手を出した俺たちを見かねての行動だろう。向こうも決死の襲撃だろうからな、しっかり迎え撃たないと追い返すのは難しそうだ」

「でも、聖剣を盗りにいかないとですよね⁉ 早くしないと、一か月後の赤蝕までに間に合わなくなっちまう! 聖剣の場所はわかったんですかい⁉」


 セバスチャンの必死な問いかけに答えたのはジャニだった。


「聖剣は“アリスタル帝国”にあることがわかった。今出航すれば、きっと間に合うよ!」

「だけど、こんな状態の島を出ていけねぇよ!」


 パウロが苦悶の声を上げる。皆がどうすればいいのか決めかねている間に、敵船からの砲撃が届く距離はどんどん近づいてきていた。

 湾を見下ろせる島の高台から、轟音と共に眩い光が瞬いて消えた。高台に築かれた砦の大砲が火を噴いた様子だ。“翼獅子号”の砲術長、ベケットが率いる大砲隊員たちが活躍しているのだろう。元イグノア海軍に所属していたベケットの測距能力はずば抜けており、海戦では怖いものなしの男である。しかし、砦にある大砲だけで、敵船をすべて追い返すことは難しいということは誰の目にも明らかだった。


 静かに目を閉じて何か考えていたクックが、ゆっくり目を開けた。クックはジャニをひたと見据え、次の瞬間驚きの発言をした。


「ジャニ、聖剣を奪いに行け。お前に船を任せる」

「え……⁉」


 ジャニは目を見開いて彼を見返した。同じように、翼獅子号の仲間たちからも驚きの声が上がる中、クックはさらに声を張る。


「ロン、パウロ、メイソン、テイラー、もぐらはジャニと一緒に行け! 残りの船員の選定は任せる。俺と残ったメンバーで敵を足止めする! その隙に湾を出ろ!」

「クック! 私は……無理だ」


 ロンがクックの命令に異を唱えた。その顔は、何か恐ろしいものを見たかのように強張り、隠しきれない苦悩がその目に浮かんでいた。かすれた声で、クックに訴えかける。


「アリスタル帝国に行くには、“リュシオン岬”を超えなければならない。あそこには、私はいけない……わかってるだろう⁉」


 しかし、クックはロンの目をじっと見て、励ます様に彼の肩をたたいた。


「わかってる。だけど、今のお前ならもう、あの岬を超えられるはずだ。この危険な旅に、医者のお前がいないといけないことくらい、わかってるよな? お願いだ。ジャニの力になってやってくれ」

「……っ。わかった」


 何かをこらえる様にため息をつき、ロンはしぶしぶ頷いた。そんな二人のやり取りに疑問を持ちつつも、ジャニは突然長年の願いが叶った驚きと興奮でぼうっとなっていた。


(私が……私が船長だ!)

「ジャニ、あの船に乗れ」


 クックが指さしたのは、三本マストに縦帆を備えた小型の船だった。翼獅子号よりも船体がシャープで、舷側が低い。奇襲攻撃をするときなどに使われることが多い船で、小回りが利くことと、風上に向かって走行することが可能な利点を備えていた。

「敵は風上から来てる。奴らの襲撃から逃れて湾を脱出するには、この船を使うしかない」

「だけど、この船じゃ防御もままならないよ。一発当たっただけで、ひっくり返っちゃう」


 不安げに返すジャニの肩に手を置き、クックは不敵な笑みを向けた。


「大丈夫。俺たちが守ってやる」

「おい、正気かクック! ジャニなんぞに、アリスタル帝国までのクソ難しい航海が任せられると思うのか⁉ 俺は嫌だぞ、そんな危険な旅に出るなんて!」


 クックから乗船を命じられたメイソンが、憤懣ふんまんたるやという様子で食ってかかっている。しかし、クックの決意は揺らがなかった。


「メイソン、この船は小回りが利く分、防御が弱い。あんたの船大工の技術がなければ、危険なリュシオン岬を超えられない。あんたの力が必要なんだ。それに、どうしようもない悪ガキだった俺が最初に船を任された時も、あんたはぶーぶー言いながら力を貸してくれたじゃないか。誰だって、最初の時はある」


 クックは周りの仲間たちを見回しながらつづけた。


「確かに、俺もまだ若いジャニに船を任せるのは早いかもと思ってはいた。だけどな、この島が壊滅する予言を目にした張本人が、誰よりも島を守ることをあきらめてない姿を見て、気が変わったんだ。できると思ってる奴は、必ずやり遂げる。ジャニの船なら、必ずアリスタル帝国までたどり着くさ」

「……くそっ、わぁったよ! 行けばいいんだろ、行けば!」


 メイソンは半ばやけくそのように叫び、同じく乗船を命じられたメンバーに矢継ぎ早に指示し始めた。


「テイラーは船に積めるだけの食料をありったけ持ってこい! パウロ、俺と一緒に木材を運び込むぞ! 火薬系はもぐら、任せたぞ!」

「頼もしいな」


 嬉しそうにそう言うクックに向かって、あからさまな舌打ちをし、メイソンは肩をいからせて歩いて行った。その後ろをついていこうとするパウロを呼び止め、クックがこそっと耳打ちする。


「ちなみに、お前がクォーターマスターだからな。副船長、しっかりやれよ!」


 何を言われたのか理解できないという顔でぽかんとしていたパウロは、次の瞬間、全力で叫んでいた。


「お、おれぇぇぇぇぇっ⁉」








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