迫りくる破滅 4


 このクックの突拍子もない提案に、最初は反対するものが多かった。船を襲うのが本業のはずの海賊が、護衛だなんてみっともないというのが多くを占める意見だった。しかし、クックの意思は揺らがなかった。


「こんな小さい島の俺たちが今後生き抜くためには、略奪してばかりじゃやっていけない。政治的に立ち回る必要もあるんだ。将来性のある国から信頼を得て、つながりを作っておく。乗っ取られないようにうまく距離を取ってな。俺たちは、変わっていかないとだめだ」


 結局、クックの熱量に押し切られるような形でことは決まり、クックとロンはタウルズの一番栄えている港におもむき、護衛を必要としている船を探した。


 最初はもちろん胡散臭そうな表情で断るものが多かったが、一隻だけ、護衛を頼んでくる船があった。


 なんでも、積み荷の収穫が遅れに遅れ、航海期間をだいぶ短縮しないと予定に間に合わないとのことだった。切羽詰まってしょうがなく頼んできたという感じだったが、クック達は必ず期限までに目的の場所まで送り届けて見せると約束した。


 そして結果、クック達の護衛は素晴らしい成果を生んだ。

 イグノアの海賊たちは近海に名をはせている“翼獅子号”がいることに恐れをなして、タウルズの商船に手を出そうとはしなかった。ヴァレー海峡でも、潮流の変わり目、流れの方角などを熟知したクック達は、最速安全なルートを導き出し、予定の日数より数日早く商船を目的地まで送り届けることができた。


 商船の船長は拝まんばかりの勢いでクック達にお礼を言い、だいぶ上乗せした報酬を払ってくれた。そして、今後クック達の護衛を定期的にお願いする代わりに、バルトリア島との交易を約束してくれた。


 始まりはたった一隻だったが、そうして何年もかけて辛抱強く護衛を依頼してくれる商船を募り、期待に沿う成果を成し遂げることで、クック達バルトリア島の人間とタウルズの商人たちのつながりは強固なものになっていった。結果的に港は繁盛し、商人たちの紹介からつながりは広がっていき、タウルズだけでなく、様々な国からの商人が出入りするようになった。


 そうなると、港に荷を積み下ろしするための倉庫が必要になる。

 “翼獅子号”の船大工、メイソンを筆頭に、島に大規模な倉庫を建てる計画が進められた。しかしそのうち仲間内だけでは人手が足りなくなり、多くの人足を雇い入れた。そして島に移住する者が増え、街は急速に発展し、酒屋や娼館しかなかったいかがわしい島は、にぎやかな港町に様変わりした。


 そんな変化は、しかし、素晴らしい成果だけではなく、思わぬ悩みの種も生み出した。その中の一つが、今のこのクックの有様である。


 クックの提案によって色々なことが進められた結果、彼の判断を仰ぐ書類がこうして山積みになってしまっていたのだった。


 デスクワークなどしたことのないクックにはこれは荷が重かった。ロンも手分けして仕事をさばいてくれているが、彼は街の診療所にも顔を出しているのでなかなか時間が取れない。書類の山に囲まれ、船出をすることがめっきり減ってしまったクックには不満が山のように溜まっていた。


「もうこんな仕事うんざりだ、俺だって船に乗りたい! 最近全然海に出れてないんだぞ!」

「しょうがないだろう、お前の提案なんだから。このバルトリア島を発展させたかったんだろう?」

「うるせぇなぁ、わかってるよ! だけどこんなのは想定外だ。ていうかな、自慢じゃないけど、そもそも俺は文章読むのが苦手なんだ! こんな仕事向いてない!」

「本当に自慢じゃないな」


 呆れたように腕を組んで、ロンが言う。クックは懇願するように手を合わせた。


「なぁ、頼む! 今日中にこれはやっつけちまうから、少し息抜きさせてくれ。じいさんの店でちょっと一杯やらせてくれよ、な?」

「まったく……」


 ロンは長々とため息をつくと、軽く一つうなずいた。


「わかった。一杯だけだぞ。あと、私も同行する」

「なんだ、お前も飲みたかったんじゃねぇか」


 はははと笑うクックを、ロンは眼光鋭く見下ろした。


「お前を見張るために決まってるだろうが」


 二人は街に出て港のほうに歩いて行った。


 目指すは“翼獅子号”の料理長、バジルが経営する酒場だ。彼は船で一番の年長者で、右足が義足の筋骨逞しい男である。みなから“じいさん”と呼ばれていて、料理にかける情熱は誰にも負けない。


 さすがに寄る年波には勝てず、長期の船旅にはあまりでなくなったが、代わりに、島で“俺の店”という酒場を始めた。島にいるときだけ気まぐれに開く店だったが、バジルの美味しい料理が瞬く間に有名になり、すぐに店は大繁盛した。


 島に急激に増えた多種多様な人々、特に血気盛んな若者によるいさかいが絶えなかったが、彼らがバジルの店に出入りするようになってから、いさかいは大幅に減った。面倒見のいいバジルが若者たちをうまくまとめてくれたのである。絶品の料理で彼らの胃袋をつかんだという見方もあるが。


 ふと、ロンが思いついたようにクックに話しかけた。


「そういえば、今頃ジャニたちが訓練をしてるはずだ。少し顔を出してみないか?」

「あぁ、そうだな。久々にあいつらのお手並み拝見といこうか」


 クックもにやりと笑って賛同し、二人は訓練場のほうに足を向けた。





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