やさぐれエルフの転移妻はフリマがちょっと恋しい

@keroribido

やさぐれエルフの転移妻はフリマがちょっと恋しい

(元の世界に未練は全然ないんだけど……なんか百円ショップとかフリマが恋しい気がするんだよね……)


 日本からこちらの世界に転移してその身に淫紋の呪いを受けながらも魔王の迷宮「いばらの迷路」を制圧し、冒険のさなか恋仲になり、その後辺境伯となったエルフのヴォルナールの妻となって、伯爵夫人としての新しい人生を歩んでいた音無ぴあのは、こちらの世界に来て一年ほどたったところでちょっと変なホームシックにかかった。元彼を元親友に奪われ、親族にも愛されなかった彼女は愛する夫も新しい親友もいるこちらの世界に何も不満はないはずだった。今やぴあのを溺愛しているヴォルナールからは十分なおこづかいをもらっているし、買い物に行きたくなったら親友のパルマを誘って、夫婦で治めている領地フィオナの隣街である竜骨街に出向いて服でもなんでも不自由なく買えるのだが……。

 モラハラ気質の元彼に財布を制限された中で工夫してやりくりしていたのはあれはあれでまあまあ楽しかったのである。


(こんなだから私はモラハラの餌食になるんだよね……)


 百円均一、不用品、難あり品……。もし自分が宝くじなどが大当たりして大金が手に入ることがあっても、なんかそういったものを両手にいっぱい抱えてほくほくしている姿しか想像できない。元の世界に居た時からそう思っていたぴあのだが、似たような状況になってもこんなことを考えているのだから、伯爵夫人が聞いてあきれると彼女は自嘲する。

 ヴォルナールはぴあのが可愛く装うととても喜ぶので服はどんどん買えと言ってきて、買い物から帰ってくると目の前でファッションショーをさせたがるため、ぴあのも竜骨街に行った時は何かしら衣料品を買うことにしていたが、結局いつも着るのはお気に入りのものが多いので一度しか使ってないものがクローゼットを圧迫している。それが彼女には誰に対してかわからない罪悪感になってしまってもいた。


(百円で買ったものなら罪悪感も最小で済むんだけどな~、なんとかしたい……)


 そんなことを考えながら散策していたぴあのが広場にさしかかると、定期的に開かれている市の隅っこで子供たちも布を広げてなにかをしているのを見かけた。


「みんな、なあにやってるのっ♪」

「あ、ピアノ様!」

「えっとね~、おみせやさんごっこしてるの! ちょっと飽きちゃった宝物の交換会してるんだよっ」


 歌うように話しかけたぴあのに応えてくれたのは、コボルトの少女チピだ。領地フィオナでは人間とコボルトが仲良く暮らしていて、いつも仲良く転がっている子供たちも人間とコボルトの垣根を越えて楽しそうにしている。何を置いているのか見せてもらうと、コボルトの子たちはだいたいがいろんな長さや太さのイイ感じの棒、人間の子たちは竜骨街で拾ってきた、馬車に轢かれて平べったくなったのでちょっと剣っぽくなった釘とか、ラミアのしっぽの抜け殻とかそういう感じだった。それを見ていると、ぴあのもお店やさんごっこしたい気持ちがむくむく湧いてきてしまう。そしてたまらず口を開いた。


「ねえ! 私も混ぜてもらっていい?」

「ピアノ様も? いいよ!」

「やったね! ちょっと待ってて! いろいろ持ってくる!」


 ぱたぱたと城に帰りいくつかのアイテムを見繕うと、ぴあのはほどなく子供たちのところに戻ってくる。


「これも置かせてね!」

「わっ、綺麗なスカーフ! 欲しいけどこんなのと交換できそうなの持ってないよ~」

「しっぽの抜け殻でもいいよ~、なんかお金が溜まりそうだし、お守りにお財布に入れるから!」

「お金、溜まりそうかなあ……?」


 こっちのラミア族のしっぽに金運のお守りのジンクスはないようなので首を傾げられてしまったが(じゃあなんでそんなもの拾って持ってたの? とぴあのが聞くとうろこの形が綺麗だったからという返事が返ってきた)、ぴあのはスカーフを人間の少女のラミア尻尾と交換してあげた。それを皮切りに、子供だけでなく大人もぴあのたちの交換会を見つけてどんどん集まってきて、大盛況になった。

 不用品が出るということは豊かだということである。ぴあのは、フリマみたいなことがやりたいという欲求が満たされたのと同時に、夫が治めているフィオナの街が豊かであることがなにより嬉しいと思った。


「ねえ、ピアノ様。これとその櫛、交換してくれないかな。幼馴染にプレゼントしたいんだ」

「わ、これ綺麗ね。いいの?」


 ちょっと照れながら少年が持ち掛けてきたので交換の品をぴあのが見ると、それは青いビーズのようなものを繋げたブレスレットだった。ほんのり透明で油膜のように虹色に光を反射しており、なかなか魅力的な品だった。


「うん、同じものはもうあげちゃってて、違うものをあげたいんだけどあんまりお金がなくて……」

「すごく綺麗……でもこれ何? よく見たら石じゃない……」

「これは、いばらの迷路に生えてた植物の実を干して硬くしたものだよ。おれが穴をあけて繋げたんだ」

「え~、こんなの初めて見た。これ、みんなよく身につけたりしてるものなのかな」

「いや、おれしか知らないかも」

「えっ、ちょっとすごいじゃん! ねえ、これヴォルナールさんに教えていい? もしかしたらちゃんとした商品になるかもしれないよ。なにせすごく綺麗だし。そしたら幼馴染にもっとプレゼントできるかも」

「えっ、ほんとか? おやじとおふくろにも楽させられるか?」

「そこまでかはわかんないけど、作り方は自分で考えたんでしょ? そのやり方が商品になるかもしれないし!」

「わかった、じゃあヴォルナール様に聞いてみてくれよ!」

「まかしといて!」


 人を害する植物モンスターに満ちていたいばらの迷路の植生は制圧のあとに無害に変質し、未だにどんなものがあるのか全ては把握されていない。現在のいばらの迷路はパルマの父である淫魔の長が新しい魔王として管理しており、フィオナの民は安全に出入りできるようになっている。しかしこういった益になりそうなものがあるのなら勝手に取ってきていいのかわからない。ヴォルナールから淫魔王に話を通す必要があると思ったぴあのは、手持ちの櫛と交換するという形でブレスレットを手に入れた。


「ピアノちゃん、すっかりここの住人と馴染んでるねえ」

「またわけのわからないことをやっている……。アクセサリーが欲しいならいくらでも俺が買ってやると言うのに……」


 そんなぴあののやり取りを、少し離れたところから二人の男が見ていた。かつて一緒にいばらの迷路を制圧した勇士であり、ぴあのの親友パルマの夫でもあるアスティオと、ぴあのの夫である辺境伯ヴォルナールだった。アスティオはぴあののごっこ遊びのような交換会を微笑ましく見ており、ヴォルナールは彼女の行動があまり理解できないようで、いつもの頭痛を我慢しているような渋面を美しいエルフ顔にたたえている。


「そういうなよ、多分退屈してるんだピアノちゃんは。もともとドレスや宝石だけ持ってれば喜ぶようなタイプじゃないだろ? 自分のやれることどんどん見つけて何かしたいタイプじゃないか」

「そうだが……なんでも買ってやりたいんだ……俺が……」

「甘やかし夫がよ。子供でもいれば退屈しないのかもしれないけどな~。ピアノちゃん、ああやって子供と遊んでるの見てるといいかあちゃんになりそうだし。どうなんだよ。おいおい」

「つっつくな、もういる」

「は?」

「腹の中に、いる」


 ちなみにこの日ピアノが少年と交換したブレスレットに使われていた植物の実は新種だったらしく、淫魔の王に報告されたあと、採取は淫魔、加工と竜骨街での販売を少年たちがするという形でフィオナのあたらしい商売の目玉として成立した。


「今日はなんだかまたおかしなことをしていたな?」

「おかしなことじゃないです。ちょっと遊んでただけです!」

「今大事な時期なんだからあんまり無理してくれるなよ? 俺はもう好きな女を失うことに耐えられないんだからな……」

「ぜったいそんなことにはなりません。早くこの子をヴォルナールさんに会わせたいな……」


 その夜、バルコニーの長椅子でヴォルナールはぴあのを膝に乗せ、後ろから抱きしめていた。温かく頼りがいのある感触を背中に感じて、ぴあのは(昼間感じたホームシックは交換会で解消しちゃったし、やっぱりこのひとの近くが一番安心するな……)と今の生活の安心とありがたみを噛みしめたのだった。

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