第2話
「熱いでしょ。乗っていく?」夏が頭上に上り切った午後3時、町内健康診断の帰り道。駐車場から出ようと歩道を塞ぐ車を横目に見ていた私に運転席から声をかけたのは、銀髪が光る老婦人だった。「暑くない?冷房が効くまで、窓を開けるわね。後ろも開けていいかな?」町内ではおいしいと評判のパン屋の殻のカートが後部座席に転がっている。「後ろも狭いでしょう。ごめんね」
「すみません。本当に」「いいの。私がおせっかいな性格で。人を乗せるのも初めてじゃないし」ゴトゴト揺れる車内で、会話につまる。猛暑の中駅まで歩くのを避けられるならラッキーと思ったのが正直なところで、好意に甘んじて会話を投げる。
「町内検診、初めて受けたんです」「そうなの。私も初めてで。今年の3月までお勤めをしていたから、会社とか、病院でね」「あ、そうなんですね」
「田んぼ、きれいですよね」「ああ、きれいよねえ。段々になっているのがね」「田植えが終わった後の田んぼがきれいで、好きなんです」「畑がこの先の横道にあるのだけれど、寄っていく?」「え、いいんですか?」「この先だから」「あ、ほらあれが鷺。奥にいるのが青鷺よ」「わー、きれいですね!あの、白が緑に映えて。」「ああ、ねえ。映えてねえ。なんだかうれしくなっちゃった。若いお嬢さんから田んぼななんて言葉が聞けて」
車から降りると、急に視界が開けて、青空の高さが目に染みる。水晶玉くらいの大きさのスイカが、足元の溝に転がっている。田んぼの中には、草刈り機を動かす老父の姿が見える。鋏を取りにアルミの小屋へ行った老婦人と何やら揉めている。聞こえてくる会話の端々から、危ないという単語が聞こえる。
「朝方に獲ったから、こんなものしか残っていないけれど」「うわ、ありがとうございます。」「バジルは?使わないかな?サラダとかね」ありがたく頂戴し、紫蘇とバジルの花束、黄色いミニトマト3個を袋に入れて、後部座席に乗り込む。
「あの、お礼をしたいんですけど」「そんなこと言わないで。おせっかいでしていることなんだから。」「あの、ありがとうございます。紫蘇も。祖母が梅干しと漬けているので。」老婦人は笑った。「それは赤紫蘇。これは青紫蘇」「あ、そうなんですね。すみません、おいしく美味しくいただきます。」「こちらこそありがとう。私の運転、怖かったでしょう。乗ってくれてありがとうね。じゃあ」
車が遠ざかってゆく。その人は角を曲がるまで、背中越しに何度か手を振った。
紫蘇とバジルは保存して、花束のひと房は庭に挿し木をした。またいつか、この日の昼下がりに出会いたいと思うだろう。
通りすがりの2人 @Akanesasu-00
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