通りすがりの2人

@Akanesasu-00

第1話


地面に日が差す夕方、近所の公園。昼間は日差しが冬の寒さを和らげてくれる。

「最近はみんなスマホやね」背中を丸めて電子漫画をスクロールしていた私に声をかけたのは、赤紫色の毛糸の帽子を被った老婦人だった。

「散歩?」「はい、すぐ近所で」「私も近くて、よく来るのよ」その人はどこかさみしそうで、ベンチに座っている私から5メートルほど離れたところに立ち、ぽつりぽつりと話し始めた。

孫が高校で陸上を頑張っていること。体重管理のために糖質制限をしており、お菓子をすすめると断られること。それでもかわいくてお菓子をあげたくなること。娘がいて、小学校の先生をしていること。そして、愛する夫のこと。

「本当に立派な人でねえ。剣道をずっとしていて、帯の結び方に詳しくて。大学の先生でね。授業はすごく人気があって、最後に生徒を指して質問するの。そのやりとりがおかしくて。亡くなる日も大学に行こうとして、卒業論文の指導をね。倒れている姿を見たときは、驚いて。亡くなる直前も、生徒の方が大勢来てくれて。衰弱していたけど、手を握ってくれて。」

「亡くなってもう10年にもなるけどね。ある日から仏さんにお参りするのはやめたの。こんなに立派な人が、どうして早くに亡くなってしまうのかと。そう思うと、祈ることもむなしくなった。」

そう言い、ぽろぽろと涙をこぼした。

「ごめんなさいね。たくさんお話しして。私も結婚する前は、中学校の先生をしていたの。」

「いえ、ありがとうございました」そう言うのが、精いっぱいだった。

「では、よいお年を」「はい、良いお年を」老婦人は、1人で散歩に戻っていった。日はもう完全に落ちていた。暗くなった陰に、涙はもう見当たらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る