73「一ヶ月後」+

 ――あれから一ヶ月ですね。

 あの後、ガゼルの街に戻ってからもひと騒動ありました。


 朝は元気に出発したのに、日暮れ近くなって戻ってきたらお腹から下を失っていて、さらにそのお腹から濛々と煙を出す僕を見た宿の人が大騒ぎしてしまったんです。


 それはそうですよね。


 で結局どうなったか、ですか?


 はい、泊めて頂けませんでした。


 それもそうでしょう?

 いきなりお腹から下を失った宿泊客が、特に苦しそうでもなくお腹からモクモクと煙出してたら、不審以外の何者でもないですよね。


 あれは失敗しました。

 もう少し苦しそうにして同情を誘うべきでした。


 結局、騒ぎになってしまい野次馬に囲まれ、さらに衛兵を呼ばれ、あ、いえ、既に街の入り口から衛兵さんもついて来ていましたが、タロウに負ぶわれたままガゼル様のお屋敷へ連れて行かれてしまいました。


 何も悪い事はしてないんですけどね。


 ガゼル様の第一声は「なんだヴァン、腹から下どこにやったんだ?」でしたね。

 ロップスさんと同じ台詞ですね。


 ガゼル様の知り合いという事で無罪放免、その後、獣人の方が使われていた大部屋を空けて頂いてそのまま住み着いています。

 大きい獣人の方もいるので、プックル達も部屋に入れますしなかなか快適そうな部屋でしたが、僕だけはすぐに一人部屋に移されました。


 なぜって?


 もちろん煙で何も見えなくなるからですよ。

 相変わらずモクモクモクモク出っ放しですから。


 僕のお腹から下ですが、あれから毎日順調に少しずつ再生しています。


 つい先日、脚の付け根まで再生した頃にですね、同じ頃に再生した股間の膨らみにシーツをめくったロボがキャァキャァ言う事件があったんですが、ここでは詳細は割愛させて頂きますね。

 あしからず。



 その後のタロウですか?


 ええ、なんだかやる気を出しましてね、今もロップス殿たちと特訓に出掛けています。

 でも相変わらず大きい刃物は苦手だそうで「やっぱ俺には杖と吹き矢っす!」だそうですよ。


 そうなんですよ。

 魔法だけでなく体術も鍛えるっす、とか言ってロップス殿に鍛えて貰ってるんです。


 けど全然だそうです。

「体術はからっきし、才能なしだ」

 これはロップス殿の言葉です。





「ウギーさんもその後お変わりなく?」

「ああ、僕の方はのんびりやってるよ。アギーたち他の連中にも会ってないし、ここから南に下ったとこの森で毎日遊んでる」


 アンテオ様と出会った森ですね。


「寂しくありませんか?」

「全然。森の獣や魔獣と仲良くなったしさ。けっこう楽しんでるよ」


「魔獣……ですか?」

「うん。色んなのと遊んでる。面白いよ」

「操って……ですか?」


 キョトンと僕を見るウギーさん。


「ははっ、そういう意味か。魔獣を操ってヴァン達を襲うゲームの事ね。ぼくは参加しないよ。最初から興味ないもん」


 そうなんですか?


「ロボやプックルにご自分の肉を食べさせようとしてませんでした?」

「したけどさ。あの時は何にも食べ物持ってなかったからさ。しょうがないよね」


「操るつもりでなく?」

「仲良くなるつもりだったね」


 そうでしたか。

 土の要塞で覆ってしまって申し訳なかったです。

 ヴァン先生とした事が、ですね。


「じゃあ、僕らと戦うつもりもなかったんですね」


「え? 戦うつもりだったよ?」

「え? さっき参加しないって……」

「魔獣を使うゲームにはね。ヴァン達と戦うの面白かったもん、自分で戦わなきゃ損だよ」


 ……そういう意味でしたか。


「だから早く治しなよ。待ってんだからさ。ぼくの魔力もあげようか?」

「魔力があれば早く治る訳ではないんですよ。第一、ここの所ずっと魔力満タンですし」

「そうなんだ。じゃ待つしかないね。ちぇっ」


 そうですか。また戦う気満々ですね。

 はぁー、気が重いです。

 こんな子供の姿なのに強いんですよね、ウギーさんって。


 ですが今度戦ったらどうでしょうね。父の呪いも解けましたし、タロウには明き神の魔力もあります。

 いい線いくんじゃないでしょうか。


「ところでウギーさんたちは何をしにこの世界に来てるんですか?」


「知らないの?」

「前にユギーさんに尋ねたんですが、知らないからアギーさんに聞けって言われました」


 他の有翼人の方々には尋ねる暇もなかったですからね。


「ヤギーとユギーにも会ったんだ。面白いよねあいつら。変な魔術使うし」


 思い出したくもない魔術です。


「そうだなー。アギーに怒られそうだし詳しくは言わないけど……前に言ったよね? 僕らは壊れてく星から生まれたって」

「伺いました」

「だからさ、僕らって家がないんだ」


 家、ですか……?


「でしたらこの世界で仲良く暮らせば良いのでは?」

「ま、そうなんだけどさ、中々そういう訳にもいかないんだ。色々あってね」


 そういうものですか。

 聞く限り明らかに異なる生物ですからね、そういうものかも知れません。


「僕らより年嵩に見える連中っておかしなヤツらが多いだろ?」

「確かにそんなイメージですね」


 ちょっとアホなのかな、というレベルでおかしな人たちでしたね。ワギーさんとか。


「あれって単に、大きく生まれたからなんだよ」

「大きく生まれたから……? それはどう――」


「――あ、みんな帰ってきたみたいだよ」

「本当ですか? 僕には分かりませんでしたが……」



 僕の部屋の外でガヤガヤと賑やかな声が聞こえ始めました。

 扉が開き、先頭の……、僕の煙のせいで誰だかわかりません。


「ちょ、ヴァンさんちゃんと換気してくんないとなんも見えんす……、ウギー!」

「なに? ウギーが来てるのか?」

『ウギーさんでござるか!?』

『ウギィィィェェェ』


 ウギーさんがこちらに顔を向けました。


「賑やかな連中だね、ホント」


 その顔はにこやかで爽やかな、良い笑顔でした。




◇◆◇◆◇◆◇◆

73.5「ウギー:困っちゃう」



 なんなんだろうね、この連中。


 分かってんのかな?

 ぼくってどちらかと言わなくても、はっきり敵だよ?


 ちょっとヴァンのお見舞いに来ただけだったんだけどさ。

 つい長話になっちゃって、きっとヴァンってば寂みしかったんだね、ダラダラ喋るからみんな帰って来ちゃったじゃん。


「ウギー元気にしてたっすか!?」

『ウギー殿ウギー殿、ヴァン殿の股の間になんか生えたんでござ――』

「ウギー、魔力で棒を作るやり方を教えてくれんか。上手くいかんのだ」

『ウギィィィェェェ』


 これだもん。

 参っちゃうよね。

 調子狂っちゃうよ。


「ねぇ君たち、ぼくは敵なんだよ?」


「えー、そんなんもう良いやん」

『だって股の間でござるぞ?』

「ははぁさては、私が強くなると困る、そう言いたい訳か」

『ウギィィィェェェ』


 タロウとトカゲ人間はまだしも、狼さんと山羊さんは一体何が言いたいのさ。


「そういう訳にもいかないよ」


「いけるって。なんやったら一緒に旅するっす!」

『もしかしてウギー殿の股の間にも……』

「やはり困るか。そうであろそうであろ!」

『メェェェェェェ』


 ……ほんと参っちゃうね、この連中。


「みんな、ウギーさんが困ってますよ」


 ほんと困っちゃう。


「どうですか? 今日ぐらい泊まって行きませんか?」

「……めとく」

「そうですか。残念ですね」


「でもトカゲ人間にはコツを教えたげるよ。外行こ! ついといで!」


 ……あんまり一緒にいると、もっといたくなっちゃうよ。

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