65「う」

 ガゼル様のお屋敷を辞去し、街の中心へ向かいます。東端から西向きですね。


「ほらタロウ、ちょうど正面に見えるのが明き神のわす山頂ですよ」


 タロウもみんなも前方を見上げて声をもらします。


「火山の麓に街あって危なくないんすか?」

「火口から溶岩が見えるのに不思議と噴火した事のない山なんです。明き神の加護だと信じられていますね」

「なるほど、そういうもんすか」


 僕も何度か登っていますが、赤々とたぎる溶岩を覗き込むと、本能的な恐怖をくすぐられる気がしたものです。


「朝の内に出発すれば昼頃には着く距離ですね」


「じゃぁ明日の今頃には街に戻れるんすね」

「もう夕方ですからね。行って帰るだけならそうですね」

「で、その頃には俺の魔力も分かる様になってタロウ無双の道が拓けてる訳っすね」

「そう上手く行くかは分からない、というより期待薄だと思いますけどね」


 宿を見つけました。

 あまり旅人の多く訪れる街ではありませんから、普段は食堂を営んで、稀に訪れる旅人を泊めているそうです。


「その割にはちゃんと部屋の掃除してるんすね」


 部屋に入ったタロウが言います。

 確かにベッドも綺麗にしてありますね。残念ながらプックルとロボは馬房ですが。


「ヴァン殿、貯えはそこそこあるのか?」


「お金ですか? そこそこありますよ。父が残していったものが結構あるのと、教会の管理と子供達に読み書きを教えたりで少しだけお金を頂いていますがなにぶん使い道があまりなかったものですから」


「そうか……」

「何かご入り用ですか?」

「いや、その、な。また槍を買って貰えれば、と……」


 ああ、そうでした。

 アンテオ様に折られたんでしたね。


「ええ、この街でしたらそこそこの物が買えるでしょう。明日か明後日か、お店を覗いてみましょうか」

「かたじけない。無一文なんだ」

「俺もっす!」


 プックルに運んで貰ってる荷物にも少し入れてますが、僕がお金を落としたら一気に素寒貧すかんぴんですね。ちょっと不安になってきました。

 今度みんなにも少しずつお金を持たせましょうか。



 タロウに余剰の魔力を多目に移して早めの就寝です。野営続きでしたからぐっすり眠れそうですね。




 おはようございます。

 ヴァンです。


「早速ですが明き神詣りといきましょうか」

「待ってたっす!」


 タロウがノリノリですね。正直言ってタロウの思惑通りにいくとは思えませんが。


「タロウ、単純にお詣りに行くだけですからね。ダメで元々のつもりでいて下さいね」


 僕の本音としては、教会でランド神父のお父さん達に話を聞く方が有意義な気がしています。


「おす! ダメ元っす!」



 これまでで一番急峻な山道を登ります。

 プックルには難しいかと思いましたが、誰よりもスイスイと登っていきます。


「プックルも平気そうですね」

『荷物、ナイ、余裕』


 最低限の荷物だけ僕が背負って、残りは宿に残して来ました。


「タロウにロップス殿、遅れていますよ。少しだけ身体強化をして下さい、プックルとロボが先に行ってしまいますから」

「た、助かるっす。どうにも暑くって、ちょっとさすがに疲れたっす」


 タロウが汗びっしょりです。随分と頂上に近付きましたからね。

 二人ともそれぞれの魔力を使って強化しました。


「おほー! 楽チン楽チーン!」

「ぬぅっ! タロウの方が上手いか。私も訓練せねばなるまいて!」


 タロウがほいほいと登って行きます。

 確かにロップス殿の魔力操作は体術のクオリティに比べるとやや落ちます。まぁ十二歳ですからね、体術があのレベルというだけでも大したものです。


 しばらくは問題なく登って行きましたが、先頭を行くロボからの精神感応が届きました。


『ヴァン殿ヴァン殿、に見つかったでござるよ』

『なんですって!? すぐに行きます!』


『それがなんかおかしくって……慌てないで様子を見て欲しいでござるよ』

『襲われていないんですか?』

『狼と山羊だけだと思ってるようでござる』


 タロウとロップス殿も、こちらに視線を寄越して足を止めます。


 岩陰を選んで進み、少し迂回して様子を見ます。

 小柄な有翼人の少年が、二人の行く手を阻む様に立っていました。


「ねぇ可愛い狼さん。あいにく持ち合わせがなくってさ、どうだ、ぼくの肉を食べてみないか? ほら、黒い山羊さんも、ほら」


 ロボとプックルに向け、左腕を差し出す有翼人の少年。

 ロボはプイッと顔を背けて拒否を示します。


「嫌か? だったらお腹の肉でも良いよ? ほらほら」


 今度は服をめくりあげてお腹を差し出しました。あの肉を口にすると操られてしまうんですよね、きっと。


「ここも嫌か? どこなら食べてくれる? ぼく、君と仲良くなりたいんだよ」


 プイッとさらに顔を背けて見せるロボ。


 気付かれない様に小声で相談します。

「どうする? 戦うか?」

「どうしましょうか。ロボを気に入っているようですが、このまま諦めてくれたら一番良いんですけどね」



『ロボ、プックル。無視して山を登れませんか?』


 ロボとプックルが有翼人の少年をやや迂回して素通りしようとしますが、少年が付いてきてしまいますね。


「ねえったら! ぼくと友達になってよ!」


 無視して歩くロボとプックル。


「もう! ぼくが怒ったらこわいんだぞ!」


 ドンッと足を踏みしめる少年。

 ビクッと警戒するロボとプックル。


「――あ、ごめんよ。びっくりさせるつもりじゃなかったんだ」

 有翼人の少年がぺこぺこと謝っています。



「……なんか良い奴ぽくないすか?」

「なんかそんな気がするな」

「あ――あの少年って……最初に見た三人組の最後の一人ですよ」


 アギーさんイギーさんと一緒にいた少年です。服装もあの夜と同じ、黒のズボンに裾の長いグレーの上衣ですね。


「アギーイギーときたら、やっぱウギーさんす――」


「ぼくの名前はギー、君たちの名前はなんていうの?」



 タロウがズッコケました。


「タロウ? どうしたんですか? 名前合ってましたけど……」

「あ、いや、そうかもしんないなー、とは思って言ったんすけど、まさかそうとは思わないっすやん」


 タロウは何を言ってるんでしょうか?

 なぜ名前が分かったのかも不思議です。


「名前も教えてくれないのか?」

 黒い魔力が少年の身体を覆います。

 やばいでしょうか。


『ヴァン殿! こいつどうしたら良いでござるか!?』


 これ以上の様子見はロボとプックルが危険ですよね。


『ロボ、プックル、合図したらそのまま頂上を目指して走って下さい。全力です』

『承知でござる!』『任セロ』


「僕らも合図と共に全力で走りましょう」

 無言で頷く二人。


 少し魔力消費が多いですがそうも言ってられません。ここは使い所でしょう。

 全身に魔力を溜め、両手で地面に触れて魔法を行使します。


「土の要塞!」


 突然ウギーさんを囲む様に地面が隆起、そのままウギーさんの背より高く、頭の上で閉じる様に分厚い土の壁を築きます。


『今です! 走って! できるだけ静かに!』


 ロボとプックルが一目散に駆け上がります。

 それを追う様にタロウ、続いてロップス殿が土の要塞を素通りしました。

 最後を行く僕も素通りし、さらに振り向き地に手をついて再び土の要塞に魔力を注ぎます。


 肥大する土の要塞の中から何か声が聞こえますが、とりあえず無視です。

 また前を向いて走ります。


 頂上手前の岩陰に隠れた四人に合流しました。


「ヴァンさんあの子――めっちゃ怒ってるっすわ」


 駆け込んだ岩陰から振り返ると、土の要塞を破壊して脱出したウギーさんが飛び上がった所でした。


 禍々しい黒い魔力の奔流を纏ったウギーさんが叫びます。


「仲間がいたのか!? 狼以外殺してやる! その後でぼくの肉を食わせてやるからな!!」

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