64「先行登場(ただし声のみ)」

 ガゼル様もですか。

 確かに難しいですよね。

 初対面で認めるも何もないですよね。


「アンセムさんは竜の因子持ってるからっつってサクッとくれたんすけど」

「ワシ言うてもただの獣人だからそういうの無いしな」

「無いんすかー」


 タロウが馴れ馴れしすぎではないでしょうか。少し不安ですね。


「力比べなんぞしても、その細腕じゃ相手にならんだろうし、魔力比べでは結界のせいでワシが死ぬかも知れんし……どうしような。ヴァンよ、良い案はないか?」


 どうしましょうね?


 ロップス殿達の方へ顔を向けますが、そっと目を逸らされました。プックルにもロボにも。


「どういった条件で認めた事になるんですか?」

「どういった条件? 条件な……、条件? 条件ってなんだ?」


「物事を成立する為の制約となる事、ですね」

「ははぁなるほど。その条件な」


 んー、と考えるガゼル様。


「分からんな。そんな説明はブラムからは無かった」


 そんななんの役にも立たない会話のさなか、不意に声が響きました。


『ちょっとガゼル! 良い加減にしなさいよ!』


 どなたでしょう? 声に聞き覚えがありますが。


「よぉ。久しぶりだな」


 ああ、確かにタイタニア様の声ですね。相変わらず艶っぽい魅力的なお声です。


『久しぶりにヴァンが、しかも若い男連れて来るって言うから首を長~くして待ってるワケ。とっととあかし渡してこっちに向かわせてよ。美形の男に飢えてるのよワタシは!』

「いやそうは言うがこの条件がな、ボンヤリしてるとは思わんか?」


『そんな事は知らないわ! 良いわね! 早く済ませるのよ! じゃぁヴァン、待ってるから。早く来てね♡』


 タイタニア様は相変わらずですね。


『ちょっとヴァン殿? 今の声は誰でござるか? ニヤニヤデレデレして……見損なったでござる!』


 え? ロボは何を言ってるんです? 僕はニヤニヤデレデレなんてしてませんよ。


「若い男……、私の事か――」

「いや、俺の事っすよきっと――」


 ほら、ニヤニヤしてるのは僕じゃないですよ。


何をニヤニヤしてるでござるか!』


 え? 三人? 僕もしてますか?

 プックルにジャッジしてもらおうとそちらへ視線を投げます。


『シテル』


『タロウ殿とロップス殿は良いでござる、独り身でござるからな。しかしヴァン殿にはそれがしが……それがしと言うものがありながらァーん! アーん、アーん!』


 あわわわわわ、ロボを泣かせてしまいました。こ、こ、こういう時は――。


「ほ、ほらロボ、干し肉ですよ。こ、これでも食べて泣き止みませんか」

 チラっとこちらを見るロボ。


『アぁーん、アぁーん、ヴァン殿の唐変木とうへんぼくー!』


 と、唐変木! 産まれて初めてのののしり!


「美しいレイロウのお嬢さん、それくらいにしておあげ。今の声は精霊女王タイタニアだ。奴に恋い焦がれん男はおらん」


『……そうなんでござるか?』

「そうだ。しかしヴァンが奴に恋したのはかつての事よ」


 そうそれ! ナイスですガゼル様! もうひと押し!


「二十歳前に初めてお会いした時には、それはもう衝撃的でした。が、今はもうそんな事はありません」

『ホ、ホントでござるか?』

「僕にはロボがいますからね」


 ……あ、あれ? 保留のはずが、流れで――


『ヴァン殿! それでこそそれがしのヴァン殿でござる!』


 ひっしと僕に飛びつくロボ。お、重い。


「ロボ、心配かけてすみません」


 これはもう、成るように成りました……か?



「今のがタイタニアさんっすか。ロップスさんのかーちゃんぐらい美人と噂の」

「いや、きっと母の方が美しいだろう」


 ……みんなでロップス殿を見詰めます。


「なんだ。悪いか。私の思う真実だ」

「そうか。オマエがアンセムの子か! アンセムの奴は別嬪の人族を嫁に貰ったんだったな!」


「ロップスと申します、お見知り置きを。良ければ握手して頂けませんか?」

「許す」


 僕やロップス殿相手になると、ガゼル様の威厳が復活します。

 一種の才能なんでしょうね、タロウの。


 手を握り合ったと思った瞬間、ガゼル様が手首を返してロップス殿を投げ飛ばしました。

 何か機嫌を損ねる様な事が?


「やるなロップス。さすがアンセムの子よ」

「さすがはガゼル様。大変失礼致しました」


「あのー、何があったんすか?」

「タロウには分からんかったか。此奴が手首を極めようとしたんでな、逆に極め返して投げてやったのよ」


 な、なぜそんなことを?


「体術では父をも凌ぐという腕前が知りたかったのだ。結果は見ての通り、相手になれるレベルではない」


「いや、そうでもない。オマエまだ十歳かそこらだろ。充分大したものだ。ワシが鍛えてやれば相当強くなるぞ」

「本当ですか!? 是非お願いしたい!」

「よし、今からでも軽く――」


『こンの馬鹿ども! どうでも良い話してんじゃないわよ!! 今度こそ切るから、とっととちゃんとやってよね!』


 まだ聞いてらしたんですね、タイタニア様。


「これってなんで声聞こえんすか? 精神感応って遠くても使えるんすか?」

「これは精神感応ではない。五大礎結界を使ってるんだ。これでブラムからファネルの事やタロウの事を聞いたんだ」

「なるほど。じゃぁファネルさんの後に生け贄になったらみんなと話できるんすね」

「そうなるな。ワシらはたまにしか使わんがな」



「父の状況も分かりますか?」

「見える訳ではないからそうもいかん。語りかけても反応が無い故、いまだに寝ているのだろうという程度しか分からん」

「そうですか。分かりました」


 便利ですけど、痒いところに手が届かない感じですね。


「オマエら二、三日はいるんだろ?」

「ええ、明き神にも詣る予定ですので」

「そうか。じゃあ明日は明き神のとこに行け。明後日にまた来い。それまでには考えておく」



 泊めて頂こうと思ってたんですけどね。

 昔来た時はひとり旅だったんで、獣人たちの詰め所に泊めて頂けたんでした。

 こんなに大勢は泊められん、と門衛の犬の獣人の方に断られてしまいました。


 ガゼル様の部屋は無駄に広いんですが、イビキが酷いから止めておけ、とこれも犬の獣人の方が。

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