60「乱心」

 アンテオ様を交えて夕食です。

 食事しながらそれぞれ自己紹介も済ませました。


 ロップス殿とプックルが取ってきた食糧は、魔獣でないウサギなどの小さい獣が三頭に、木の実や野草など。量は少なめですが、少しでも増えて助かります。


「ヴァン殿の料理の腕前はなかなかのものだな」

「そうであろう叔父上」


「我は礎になる気はサラサラないが……よし、決めた! 我も旅を手伝おう!」


 なんと、アンテオ様まで参加して頂けるんですか。

 ……戦力的には頼もしいですが、食糧的に不安が増しますね。実兄であるアンセム様と同様に、魔獣の肉を貪り食べられてしまいました。


「ねぇねぇ、アンテオさん。竜の姿にもなれるんすか?」

「ん? もちろんなれるぞ。見せようか?」

「見たいっす!」

『見たいでござる!』

「良かろう! では早速――」

「少しお待ちを!」


 僕に集中する視線。視線が痛いですね。


「ここではマズくないでしょうか?」


 周囲を見回すアンテオ様はじめ一同。


「あ、確かに不味いな。木々が密集しすぎだ」

『……木が折れるほどの大きさでござるか?』

「竜化するだけならば、ここは少し拓けているから大丈夫だが、身動き一つで数本、羽ばたき一つで数十の木々が折れるな」


 ぐるりと辺りをもう一度見渡すタロウとロボ。


『「そんなにデカイんすか!」でござるか!』


 昔見せて頂いたアンセム様の竜化も大きかったですからね。理解して頂けて良かったです。


「明朝出発すれば、昼頃には森を抜けるでしょう。その後ではどうでしょうか?」


「うむ、ヴァンの言うようにしよう。明日の昼を楽しみに待て!」

「おす!」

『承知でござる!』



 その後、竜の因子の事など伺いましたが、若くから放浪癖があるようで詳しくは存じ上げないそうでした。残念ですね。




 おはようございます。

 ヴァンです。


 森を抜けるまでに食糧が幾らかでも確保できると良いんですが……、期待薄でしょうね。


 理由は明白です。


「アンテオ様、少しを抑えて頂けませんでしょうか」

「威圧? 我は何もしておらぬが?」

「そうですか……。分かりました」


 お気づきでない様ですね。

 付近には魔獣はおろか獣の気配すらありません。竜族の溢れる存在感のせいでしょう。


「プックルは大丈夫ですか?」

『ナ――ナントカ。魔獣、強サニ、敏感』


 プックルが小刻みに小さく震えています。これは参りました。プックルでさえコレです。ただでさえ大喰らいの多い集団ですのに、肉が確保できる気がしません。


 ……ぶっちゃけ、たとえ戦力が少なくなろうがお引取りをお願いしたいくらいですね。


「それにしても静かな森だな。寂しいくらいだ」


 ……何を呑気な事を。


「タロウよ、叔父上の強さは相当だぞ。かつては魔力無しでなら父アンセムより強いと言われたそうだ」

「へぇぇ! それは頼もしいっすね!」


 ……………………ちっ。


『ずっと居てくれたら有翼人なんて目じゃないでござるな!』

「そんなに期待されると、ずっと居てやろうと思ってしまうではないか。ハァッハッハッハ!」


 ……………………クソが。



 いざともなったら僕は食べなくても平気ですからね。食糧がなくなって困ればいいんです。


 ……ああ、いけません。僕とした事が少し取り乱しました。黒い思考は止めましょう。

 なんのアテもありませんがきっと何とかなるでしょう。



『森を抜けたでござる!』

「よし。では我が竜の姿を見せてやろう!」

「いぇー! 待ってましたっす! レッツ、ドラ◯ラム!」


 どら◯らむ? なんでしょうね、僕にはさっぱり分かりません。


「とくと見よ! 我が竜の姿!」


 アンテオ様の体の内側から溢れ出す様な光。完全に体を包み込み、さらに強さを増す光。ちょっと直視はできません。


 黒味がかった緑の鱗に覆われた体躯、鱗の下は全身が逞しい筋肉、飛竜とは異なる巨大な羽と二本の腕。


「おぉぉぉ! デカイっす! 俺の十倍くらいっす!」

『大きいでござる!』

『……メェェ! メェェ!』


 プックルが酷く怯えています。プックルを包む様に障壁を張りました。


『ヴァン、助カル……スマン』

「気にしないで下さい。早いところ元の姿に戻って頂きましょうね」



『――グ……ググ……ググゥルゥアァァァァァ!!』


 あれ? なんだか様子がおかしくないですか?


『グゥァァァァ!』

「みんな! こちらへ!」


 タロウとロボも背に回して障壁を張ります。こんな物で防げるかは怪しいですが。


 長い尾を地に打ちつける様に振り回すアンテオ様。なんという破壊力。打ちつける度に大地が抉れています!


「叔父上! どうされたのだ! 落ち着かれよ!」

「ロップス殿! 危ない!」


『グゥァァァァァァ!』

「ぐはぁぁ!」


 不用意に近付いたロップス殿が、水平に振るわれた尾の直撃を受け森へと吹き飛ばされました。

 さすがにこれは尋常ではありません。


「プックル、走れますか?」

『……大丈夫、走レ、ル』


「タロウ! ロボ! プックルと森へ向けて走って下さい!」

「なんなんすか!? アンテオさんどうしたんすか!?」


「分かりませんが、正気を失っておられる様です。とにかくみんなは森へ! 急いで!」

「ヴァンさん、気をつけてっす!」


 僕の肩をギュっと掴んだタロウがひと声かけて森へと走り去りました。



 竜の魔獣マリョウどころの相手ではありません。

 八十二年の人生で一番の強敵でしょうね。僕になんとか出来るでしょうか。

 なんとかしなきゃですが、まともに戦っては勝ち目はありません。


 考えが纏まる前に、アンテオ様と目が合いました。敵として認識されてしまいましたね。


 襲い来る尾を跳んで躱します。こんなに大きいのになんて速いんですか。



 少し高く跳びすぎましたか。空中にある僕を狙ってアンテオ様の拳が飛んできました。


「風の飛翔!」


 さらに高く舞い上がって躱しました。

 空中で背に負った大剣を抜き払い、体勢を立て直し、今度は頭を下にして急降下。


 思い切り斬りつけてみましたが、ギィンという硬質な高い音を上げただけ。伸ばした一本の指先で受け止められました。そしてすぐさまに襲い来る逆の拳。


「闇の棘!」


 僕の右半身から無数に飛び出す真っ黒な棘が拳を迎え撃ちます。が、拳に突き刺さる事なく叩き折られました。


「ぐはぁ!」


 そのまま振り抜かれ吹き飛ばされます。

 けれどなんとか風の魔法を使い軟着陸に成功。


 ――ぐぅぅ、強いです。





 ――が、こんなものでしょうか?


 この力強さ、速さ、威圧感、存在感、間違いなく何者も並ぶことのない強者。

 しかし、これならナギーさんの方が強かったです。怖かったです。


 はっきり言って、


「アンテオ様、お覚悟を」



 ――魔術を発動。

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