59「助っ人」

 おはようございます。

 ヴァンです。


 シュタミナー村までお詣りに来る信者用のベッドがあるという事で、昨夜はランド神父の教会に泊めて頂きました。


「おはようヴァン殿」

「ああ村長、早いですね」


 教会の広間に行くと村長をはじめ、矢に射られた男性みんなが詰めていました。


「いつ起きるか分からんからな。数人は起きたが、いまいち状況が分からん様だわ」


 その後、それぞれ起き出してきた村人たちにふんわりと説明しつつ、怪我などがないか確認しました。あまり細かく説明して、虫の恐怖を思い起こさせても困りますからね。


 幸いに擦り傷程度の怪我しかなく、気持ちの方も割りと落ち着いているようです。安心しました。


「錯乱状態の人はいないようですね」

「ああ、安心したよ」


 昼食はまたしても、レシピを教える意味で『はやしらいす』です。

 難しい料理でもないですし、女性陣はさすがに普段から料理されているので簡単に覚えてくれました。


 ロップス殿もプックルもロボも、みんな気に入ってくれたようですね。タロウは二日続けて何度もおかわりしていました。


「ところでヴァン殿達はどこへ向かっているんです?」

 昼食後、ランド神父に尋ねられました。


「ファネル様の下へ向かわなければならないんですが、とりあえずはガゼル様が次の目的地です」


「そうなると、ガゼルの街まで七日程ですね」

「ええ」


 シュタミナー村から北へ向かって山を下り、そこから北東方向へ四日ほど登ればガゼルの街、この世界で最東端の街です。


「ランド神父はガゼルの街のご出身でしたね」

「ええ、先祖代々ガゼルで教会の神父です」


「あれ? ねぇヴァンさん、ガゼルの街の教会ってどこかで聞かなかったっすか?」


 そう言えばマエンの森の長が、ガゼルの街の教会に住んでいたと仰っておられましたね。


「むかし猿住んでなかったっすか?」

「猿――ですか? 私が住んでいた頃はいませんね。父や祖父の代にも居なかったと思いますが。それが何か?」


「ロッコノ村の北の森で、物凄く賢い老マエンと出会ったんですよ。そのマエンが昔、ガゼルの街の教会に住んでいたと」


「ほう、マエンが。襲われなかったんですか?」

「それはもう、とても理知的な方でした。助けて頂いたぐらいですよ」

「そうですか、魔獣にも色々いるんですな」


 最初も襲われたというより警戒されただけです。本当にお世話になりましたね。


「私は知りませんが、父や祖父なら知っているかも知れません。ガゼルの街に教会はひとつしかありません、着いたら寄ってみて下さい」


 明き神や昏き世界の者どもについて何か分かるかも知れません。


「はい、寄らせて頂きます」


 もう一泊泊めて頂き、明朝の出発としました。




「また寄ってくれ。その時には旨いハヤシライスをご馳走するよ」

 それを聞いた村長の奥さんが、そっと村長のお尻に手を回しました。

「痛っ! ……女房がご馳走するからよ」


 つねられた様です。仲の良いご夫婦で羨ましいです。

 ソッと僕の隣で体を寄せるロボ。ロボも羨ましかったようですね。


「左腕は無くなっちまったが、命があっただけめっけもんだ。本当に世話になった。ヴァン殿、タロウ殿、ありがとうな」


「え? 俺っすか? 俺、寝て起きてハヤシライス食っただけっすけど……?」

「……有翼人を倒したのはタロウ殿だって、ヴァン殿が……」


 少し沈黙。


「……ああ、俺倒したっす! ハヤシライスのせいで忘れてたっす!」


 タロウらしいですけどね。



 シュタミナー村の皆さんに見送られて出発です。


「ヴァンさん、またハヤシライス作って欲しいっす!」

「機会があればね」

「それにしても、ヴァンさんに弱点があるとは思わなかったっす!」


 僕に弱点? 何のことですか?


「あれ? 脚の多い虫嫌いだったんじゃ?」

「だ――大っっっ嫌いです! 思い出させないでくださいよ! そんな事言ってタロウは平気なんですか?」


「いや、得意じゃないっす」

「私も得意じゃない」


『それがしは平気でござるが』

『プックルモ、平気』


 統計が取れました。

 男女の差です!




 シュタミナー村を離れて三日が経ちました。

 今日までは下りでしたが、明日からは登りです。ここはシュタミナー村から明き神のわす山頂へのルートでは最も標高が低く、鬱蒼とした森が広がっています。


 夕方早めに野営を始め、ロップス殿とプックルにはまた食材調達に出て頂いています。この森で確保できなければガゼルの街まで手持ちの食料だけとなります。


 森を抜ければ岩だらけの荒れた道のりを登りますので、魔獣どころか普通の獣さえもそうそう出会でくわす事はないでしょう。



「ヴァンさん質問!」

「はい、タロウくん」

「じゃあ、同じ種類の魔獣は、一種類の同じ魔法しか使わんのっすか?」


 タロウとロボはお勉強です。


「種族による固有の魔法というものが確かにあります。先日のマチョは牙を魔法で伸ばしましたが、あれはマチョ固有の魔法ですね。ただし、あれ一つしか使えないとは限りません。どの魔獣にも個体差がありますからね」


「なるほどっす」

『ヴァン殿が思う一番強い魔獣ってなんでござるか?』


 一番強い、ですか。


「そうですね。獅子の魔獣……、いや、やはり竜の魔獣、マリョウですね」


「竜っすか? それってもしかして竜の因子持ってんすか?」

「どうなんでしょうね。僕も竜の因子については今回初めて知りましたから」

「あ、そういやそうっすね」


 僕もさすがに出会った回数はあまりありません。まともに戦ったのは一回だけですね。倒せはしましたが、あの時は魔力全開の僕でした。今やれば苦戦は免れませんね。


「アンセムさんの竜バージョンって見てないんすけど、『竜!』って感じなんすか?」

「『竜!』て感じの事がどんなか分かりませんが、正に竜ですね」


 アンセム様を訪ねた時には、片腕だけしか竜化しませんでした。


「そっすか。会ってみたいけど、会うの怖いっすね」

「僕はマリョウと会いたいとは思いませんけどね」

『それがしも竜に会った事ないでござる』


 ロップス殿たちが戻ってきたようですね。


「ヴァン殿! 食糧は少ししか取れなかったが、頼もしい助っ人を連れてきたぞ!」


 助っ人ですか? こんな所で?


「こちらは私の叔父、父の弟アンテオだ」


 あ。以前にアンセム様が仰っていた弟さん。

 アンセム様の弟……。こんな所で一体なにを?


「ブラムの子ヴァンか。はじめまして、アンテオと申す」

「はじめまして、ヴァンです」


 青年の姿、なかなか美形ですね。細身ながら引き締まった体躯、黒いズボンに黒の袖なしのシャツ、腰まで届く長い髪を一つにまとめ、纏う雰囲気は確かにアンセム様と似たものを感じますね。


「こんな所で一体どうされたんですか?」

「いや、特にどうという事もない。我はあちこちフラフラとしているのだ。ロップスに会うたのも偶々たまたまだな」


「叔父上は放蕩者でな。私も小さい頃に二、三回しか会った事がないほどだ。まぁ、竜族には珍しい事でもないが」


「そうですか。簡単な物しか出来ませんが、ご一緒に夕食でも如何ですか?」


 ……そう広くもない世界とは言え、このタイミング、こんな所、偶々出会うものでしょうか……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る