58「はやしらいす」
「危うくこの村は全滅する所だった。ヴァン殿、感謝する」
「いえいえ、礼には及びませんよ。あの二人組を倒したのは僕ではありません、彼ですから」
大の字でイビキをかくタロウを指し示しました。
「……そ、そうか。彼が目を覚ましたら礼を言うようにしよう」
そうしてあげて下さい。タロウは褒めて伸ばすのが良いと思いますので。
「ところで連中はなんなんだ? 人族の様な見た目ではあったが……」
「詳しくは僕にも分かりません。僕らは便宜上、有翼人と呼んでいます」
有翼人=昏き世界の者ども説については、まだ公言は避けます。不安を煽ってもしょうがありませんからね。
「有翼人……、あのような者どもについて、ランド神父は聞いたことがあるか?」
「浅黒い肌に、蝙蝠に似た翼、目は大きく、背は小さい……、いえ、ないですね」
もしかしたら明き神の教会関係者なら、昏き世界の者どもの伝承など伝わっているかとちょっと期待していたんですが、なかったですか。
伝わっていてもランド神父が知らないだけかも知れませんが。
「まあ、分からない事をどうこう言ってもしょうがないな。ヴァン殿のお陰で傷は癒えたが、腹が減ってしょうがない。飯にしよう」
そうですね。僕らもお昼を食べていません。
昼過ぎにシュタミナー村に着いてから、今までバタバタしていてもう夕方です。
「あ、しかしウチの女房も、女どもは全て寝たままか」
起きているのは、矢を受けた男性数人にランド神父、ランド神父に守られていた子供達、それにタロウを除いた僕たち四人だけですね。
「すまん、ヴァン殿。料理できる者がおらん」
「でしたらどこか厨房を貸して下さい。僕が作りますよ」
比較的軽傷だった男性を二人教会に残し、村長の自宅にお邪魔しました。
手の空いた村人は村の見回りです。
「ここが台所だ。食材は……そうだな、ここからここの物は好きに使ってくれ。足りそうか?」
眠っている村人は今夜は起きないでしょう。そうすると…………。
「そうですね、足りると思います。ではしばらくお待ち下さいませ」
珍しい食材がありますね。アンセム領ではほとんど見られません。ガゼル領は高地が多いからか、食材に変化があって楽しいですね。
僕も食べるのも料理するのも久しぶりです。腕が鳴りますね。
「あのー。ここが村長の家っすか?」
「おぅ、タロウ起きたか」
「完全に熟睡してたっす。せっかく貯めたヴァンさんの魔力も空っぽっす。ちきしょー」
「他の村人はどうだ?」
「俺より熟睡らしいっす。見張りのお兄さんが教えてくれたっす」
どうやらタロウが起きてきましたね。さすがに普通の村人よりは耐性が高い様で少し安心しました。
「あ、ヴァンさんがご飯作ってんす…………こ――っ! この匂いは!」
タロウが玄関で騒いでいます。どうしたんでしょう。
台所に飛び込んできました。人様の家ではしゃがないで下さいよ。
「ヴァンさん! この匂いってまさか!」
「おはようございます。いま蒸らしが終わったところですよ」
「米やー! まさかの……米やー!!」
いや、確かにお米ですけど、そんなにですか?
「それにこっちの大鍋は………、やっぱりハヤシライス!! キタコレー!」
勝手に鍋の蓋を開けたタロウが叫びました。人様の家で叫ばないで下さいよ。
「はやしらいす……ですか? これは『マギュウの肉と玉ねぎを葡萄酒とトマトで煮込んだ物』ですが……」
「作った事ないから分からんっす! けど絶対にハヤシライスっす! は――早く! 早く食べたいっす!」
鬼気迫るものがあります。とにかく早く準備しましょう。
「ロップス殿! みんなを呼んでください! 大至急食事にします!」
「なんか分からんが大至急だな! 分かった!」
タロウの様子が尋常ではありません。大丈夫でしょうか。息も荒く目も血走っています。
「タロウ、人数分を
何かさせた方が良いと判断しました。
「分かったっす! 手伝った方が早く食べれるっすよね!」
やや深めのお皿にご飯を盛るタロウ。
そしてその上から、はやしらいす|(?)を直にかけるタロウ……
え? かけるんですか? ご飯のオカズのつもりで作ったんですが……
「タロウ……それ、かけちゃうんですか?」
「当たり前っす! ハヤシライスはこう食べるんす!」
次々と同じようにかけてしまうタロウ。僕はそうやって食べた事はないですが……
見張りの人を除いてみんなが揃いました。みんなタロウが
そうですよね、こちらでこうやって食べる事はありませんから。
「……ヴァン殿、なんだか凄い見た目なんだが……」
「ええ確かに。ですが味は保証します」
「さぁ食べるっす! いただきます!」
「「いただきます……」」
みんな恐る恐る口にします。
「旨ぇぇぇっす! 日本の味と同じっす!」
「旨い! なんたる旨さか!」
「トマトの酸味が残るソースと米との絡み具合が堪らん!」
大好評です。確かにお米と絡むとより一層美味しいです。
「タロウ、これはニホンにもある料理なんですか?」
顔中にご飯粒を付けたタロウに尋ねます。
「そおっす! ほとんど同じ味っす!」
そうなんですか。まぁ喜んで頂いている様で良かったです。
「はぁ――……さすがにもう食べられんす」
何杯もおかわりしたタロウ、満足そうな顔です。
「こっちでもお米あるんすね」
「ええ、アンセム領ではあまり流通していませんが、ガゼル領では割りと良く見かけますね。高地では小麦より米の方が育つらしいです」
「へえ、地球と逆っすね。地球だとお米は低地の方が育つっす。詳しくは知らんすけど」
そうなんですか。
「お米、好きなんですか?」
「大好き、というか日本人のソウルフードっすよ。ちなみにハヤシライスは俺のソウルフードっす。菓子パンかハヤシライスしか食べてなかったっす」
「これは、はやしらいす、というのか?」
村長です。
「そうっす!」
「ヴァン殿、これの作り方を女どもに教えてくれ! これは毎日でも食べたい!」
これを機会に村長たち男性陣もお料理覚えるべきですね。
村人が起きたら皆様に教える事を約束して、就寝です。
みんなが起きるまではここで滞在ですね。
そう言えば、結局タロウにお礼を言っていません。やっぱりタイミングを逃してしまいましたね。
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