57「あの魔術の闇の中って」

 ランド神父と共に、ドサドサと落ちてきた村人達に駆け寄ります。


「――む、虫が、……虫が……」

「ひぃぃっ! む、虫が……口に! や、やめ! おぅえっおえぇぇ」

「いひぃぃぃぃ!」


 嘔吐する者、絶叫する者、数十人の村人が全て、目も虚ろな異常な事態です。


 あの魔術の闇の中ってもしかして――…………ダメ! これ以上想像してはいけません! 僕の精神がちません!


「ヴァンさん! 無事っすか!?」


 タロウ達もやって来ました。


「ヴァン殿! 申し訳ないが村人を一箇所に集めるのを手伝ってくれ!」


 ランド神父に何か考えがある様ですね。言われた通り手分けして村人を一箇所に集めました。


 錯乱した村人を運ぶのはなかなか骨が折れました。タロウなんて髪色が黒いという理由だけで、恰幅の良い錯乱中の中年女性にぶん殴られましたし。


「痛えっす。酷えっすよ」


 頬をさするタロウ。正直言って同情しますが、そう言われるとタロウの髪色であの黒い虫を思い出してしまいます。


「どうするんですか?」

「ええ、とにかく落ち着かせる為に子守唄の魔法を使おうと思う」


 子守唄の魔法……。

 太陽の魔法のひとつですね。しかしあれは、本当に子守唄程度の気休め魔法ですが……。


 早速ランド神父が魔法を使いますが、やはり効き目はあまりないようですね。


「ダメだ! 長時間の結界で魔力も足りない!」


 村人の錯乱ぶりに変化はありません。

 こういう精神作用的な魔法はあの人の出番ですね。


「プックル! こちらへお願いします!」


 村人の錯乱ぶりを直視するのが精神衛生上よろしくないとの判断で、ランド神父が守っていた数人の子供達を連れて離れていたプックルです。


『呼ンダカ、ヴァン』

「はい。久しぶりに眠クナル魔法をお願いしたいんです』

『任セロ』


 ランド神父と子供達には離れていて貰います。


『♪メェェエェェェェエエェェェ♪』


 相変わらず良い声ですねぇ。

 錯乱していた村人達が順番にバタバタと倒れ伏していきます。


「おい、ヴァン殿、聴き惚れている場合じゃないぞ」


「どうかしましたか?」

「タロウが寝た」


 ……なぜ?

 貴方、プックルが眠クナル魔法を使うの知っていたでしょう?


「もちろん私とロボは魔力でガードしている」

『もちろんでござる』


「ヴァン殿のように聴き惚れていたタロウがな、『あ、しまっ――』と呟いたと思ったら、バタン、だ」


 ……頼もしくなっても、タロウはタロウのままでしたか。


 大の字で眠るタロウから、バフゥゥと音を立てて魔力が霧散しました。

 あぁ、何日もかけて蓄えた僕の魔力が……。こんな事なら回収しておけば良かったですね。


 錯乱村人の全てが眠りに落ちました。


「プックル、ご苦労様でした」

『イツデモ、プックル、呼ベ』

「助かります。またお願いしますね」


 ランド神父も子供達も戻って来ました。

 子供達はみんは、眠る村人の中から自分たちの家族を見つけては泣きながら抱きついています。

 心細かったでしょうね。


「さすがはヴァン殿のお仲間です。あれだけの数の村人をあっという間に眠らせるとは……」

『神父、褒メル、プックル、照レル』


「さあランド神父、皆さんを村まで運びましょう」




 村人をひとまず教会へ運び込みました。

 ひと部屋で全ての村人を、と考えるとこの教会しかありませんでしたから。もちろんタロウも眠る村人に紛れて床で寝ています。


「矢を受けた村人はどこです?」

「はっ! この教会の地下蔵です! 早く手当てしないとまずい!」


 ランド神父と共に、地下蔵へ駆け込みます。


「みな! 生きているか!?」

「――あぁ、なんとかな。そっちは何とかなったか?」


 咳込む声や、うぅ、と呻き声で数人の返事が聞こえます。

 僕の魔力残量も多くはありません。重傷の人から癒していきましょう。こうなるとタロウに蓄えた魔力の霧散が悔やまれますね。



「――ふぅ。これでとりあえずは大丈夫でしょう。失った腕や指はどうしようもありませんが」


 ギリギリですが、なんとか魔力ももちましたね。


「贅沢は言えん。旅の方とお見受けする、ありがとう。感謝する」


 左腕を付け根から失った男性からお礼を言われました。まだまだ痛みは相当あるはずですが、大した胆力ですね。


「この村を訪れるのは二十年ぶりです」

「二十年前――。父と話す旅人の記憶がある。確か……、ヴァン……、ヴァン殿ではないか?」


 ああ、思い出しました。

 泊めて頂いた村長の家に、十歳ほどの息子さんがいらっしゃいましたね。


「村長の息子さんでしたか。村長はどうなさいました? 上にもこちらにもられない様でしたが」


「親父は死んで、今は俺が村長をやっています」

「あ、そうでしたか。先代村長には良くして頂きました。良い人でしたね」


「ところでヴァン殿、あなた見た目が全然変わりませんな?」

「魔族と人族のハーフなんですよ。これでも八十二歳です」


 立派な後継ぎがいて先代も安心ですね。


「ランド神父、あの翼の男達は去ったのか?」

「ええ。このヴァン殿が倒してくれた」

「やはりそうか。ヴァン殿、大変世話になった。改めてありがとう」


 若き村長を含めた怪我人と共に地下蔵から出ました。


 教会ではロップス殿と子供達が、眠る村人に怪我人がいないかの確認を終えた所でした。


「タロウはまだ寝ていますか?」

「ああ、ぐっすりだ」


「怪我人は?」

「反応がないから分かりにくいが、重大な怪我はないだろう」

「分かりました。ありがとうこざいます」


 早く起きてくれないと、タロウにお礼が言えないじゃないですか。

 タイミングを逃すと言いにくくなるんですよね、こういうのって。




〜◯〜◯〜◯〜◯〜◯〜◯〜◯〜◯〜◯〜◯〜

次回からちょこちょこサブキャラ視点の◯.5話がたまに挟まる様になります。


57.5話はあの人視点!

誰回か当たったら凄い!






(次話サブタイですぐバレるのを回避するスペース)






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