53「寝ながらの魔力循環、その後」

 タロウの寝ながらの魔力循環の練習は順調にいっています。


 僅かな量とは言え成功したあの夜、その翌日からは日中も誰かの魔力を移し、移動中も一日中魔力循環です。


 初めて魔力循環の練習をした時――ペリメ村からアンセムの街を目指した時ですね――あの時すでに上手でしたが、今ではもう自由自在です。


 循環の速度を速めたり遅くしたり、体の一部に集める事も簡単に行え、強度はまだ大した事ないですが身体強化への応用も可能となりました。


 もちろん魔法への応用もさらに上達しています。

 魔法元素も大抵の物は相性が良いらしく、風、火、水、この3つは以前からかなりのレベルで使えていましたが、さらに土、光、闇などなど、基本的に使えない元素はありません。

 僕と同じです。


 もちろんタロウと魔法合戦をしても僕の圧勝でしょうけれど。

 年季が違いますよ、年季が。


「ヴァンさん! 今夜もお願っす!」


「今夜くらい休んだらどうですか? 久しぶりにベッドで寝られるんですから」

「ベッドだからっすよ! 熟睡しても出来なきゃ意味ないっしょ!」


 そうです。

 本日ようやく、ロゲルの町に着きました。

 ロッコノ村を出てからなんだかんだで二十日です。


「分かりました。では少し多めに移しますね」

「おす!」


 順調とは言いましたが、移した魔力の全てを朝まで維持し切れた事はまだありません。

 どうしても深く眠ると僅かに霧散するそうです。今の所、八割弱が最高記録ですね。


 しかし僕に言わせれば、僅かな霧散で済ませられる事が驚異的なんですけどね。


「よおっし! 今日こそやったるっす!」


 やる気充分ですね。


「やる気たっぷりなのは良いが、この前みたいな失敗はしてくれるなよ。宿が吹き飛んでしまうわ」


 ……あれは驚きましたね。


 みんなが寝静まった深夜、突如としてタロウから吹き荒れた魔力の嵐。ロップス殿とプックルは吹き飛ばされてしまいました。


 僕とロボですか?

 元々眠りが浅い方なんで、咄嗟に魔力障壁を張ったんです。さすがに全員分は間に合いませんでしたが。


「任せるっす! 今夜こそは九割、いや十割残して見せるっす!」



 この部屋には僕ら三人だけです。

 男女で分けた訳ではありません。プックルとロボは馬房の中です。

 ロボも大きくなりましたからね。


「もし魔力が暴発しても、次はタロウを囲うように障壁を張ってみせます。だから安心してください」


「……うーん、その障壁の中って、地獄絵図なんじゃ……」

「でしょうね。障壁にぶつけられまくるか、中央でぺちゃんこになるか……」

「怖すぎー!」

「暴発だけはお気をつけ下さいませ」


 魔力循環が一瞬でも停滞すると魔力の霧散が始まります。

 タロウが言うには、循環自体は完璧に出来るので起きていれば意識するだけで良く、寝ている時ならば無意識に循環を続けなければなりませんが、完全な熟睡でなければ、今は無意識で循環できるそうです。


 ロップス殿が、なぜそんな事が可能なのか、と聞いた事がありました。


「地球じゃ寝てばっかだったからっすかね? ニートは伊達だてじゃないっす!」


 そう言えばそうでした。


 こちらでのタロウは特別に怠け者という事もありませんから忘れていました。できるだけ楽したい、とは良く言っていますが。


「そいじゃ、おやすみっす」

「ちゃんとトイレは行ったか?」

「行ったっすけど、もう一回行ってくるっす!」


 あの魔力暴発は、尿意を我慢しながら循環していたからだそうなんです。

 タロウらしいと言えばタロウらしいですが。


 ちなみに魔力は暴発してしまいましたが、尿意の方は暴発しませんでした。タロウの尊厳は守られています。



「じゃぁ今度こそおやすみっす」

「おやすみ」

「おやすみなさい」





「ダメっすね。やっぱ十割は難しいっす」


 昨夜も僅かながら霧散してしまいましたが、それでも過去最高の九割強も残すことに成功しています。


「いや、これ以上はさすがに無理なんじゃないでしょうか。充分過ぎる成果ですよ」

「そうすか? んー……、まぁ、そっすね!」


 充分でしょう。今までは移した魔力は日中の魔法練習で使い切っていましたが、毎晩残しておけばとてつもない量の魔力が貯まる計算になります。

 もちろん、魔力循環の難度も上がりますし、魔力の器を大幅に超えて貯めるのはできませんが。



「ここロゲルの町はそこそこ大きいですから、今日は色々と必要な物を購入しましょう。ですので出発は明日ですね」



 かさばる物は宿に置いて、必要な物だけ持って町を巡ります。

 プックルとロボも食べられる様に、店の外にテーブルを出しているお店で朝食を済ませ、お店を回りました。



「ロップス殿の槍と、タロウの杖が要りますね、他には――」


 伝説の槍と伝説の杖――


 タロウが言うところのそういうモノは手に入りませんでした。普通の町ですからね。当然ですね。

 至って普通の槍と杖、その他の必要な物を購入しました。


 明朝からは、シュタミナー村を目指して出発です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る