46「霧と煙」

「ぐぅぅ――なんだ……? 何が起こった!?」


 右胸を手で押さえ、片膝をつきながらも剣を杖に踏み止まるロップス殿。


「分かりません。マエンの後方から何かが飛んで来たとしか」


 しかし、恐らく魔力。

 またしても最悪の展開かも知れません。



「ロップス殿、そのまま姿勢を低くしたままでいて下さい」


 右手に大剣を構えてマエンを牽制したままで、ロップス殿の背中から癒しの魔法を使います。


「魔力の残滓を感じます。魔法――いや、恐らく魔術でしょう。幸い傷自体は小さいです」

「魔術……有翼人か」

「恐らくは」

「かなり楽になった。すまぬ」


 立ち上がったロップス殿へ、マエンを数頭貫きながら再び飛来する何か。

 大剣に魔力を籠め、それを反らす様に受け流しました。


「うぉっ!? 私が狙われているか!?」

「どうやらそのようです」


 アギーさんが使った魔術による矢のようなもの。あれにそっくりですね。ワギーさんの頭は吹き飛びましたが、小さな穴だけで済んで良かったです。


 ここまで魔力の消費は相当に抑えて戦えました。

 ここは思い切って状況を打開しましょうか。幸いマエン達の動きは緩慢です。


「ロップス殿、走れますか?」

「ああ、全力とはいかんが、マエンに追いつかれん程度にはな。逃げるか?」


「ええ、合図したら森へ走って下さい」

「ヴァン殿は?」

「少し後で追いかけます」


 そして三度みたび飛来した魔術の矢。


「走って!」


 ロップス殿の背へ向けて飛ぶ魔術の矢を大剣で叩き落とし、そのまま大剣を地に突き立てます。


 ……はぁ、できれば使いたくないんですけどね。


 胸の前、両の掌で輪を作り、全身に巡らせた魔力で魔術を発動。


 父直伝、


 身につけた服ごと、僕の胸が、腹が、頭が、脚が、最後に手が、掌で作った輪に吸い込まれます。

 輪を潜り抜け霧状になった僕の体が付近一帯に広がり、右往左往するマエン達を全て搦めとります。


 うぅぅぅ――嘘みたいに魔力が削られます。思っていた以上に厳しい……


 それでも泣きごと言ってる場合じゃありません。

 全て一頭残らず搦め捕ったマエンども、キィキィとそこら中で鳴き声が上がりますが無視です。

 無慈悲に一斉にくびり殺しました。

 

 地に突き立てた大剣の元へと霧の体を戻し、まずは僕の掌を中空に出現させます。

 その掌で作った輪を通り、元の体へと順に戻しました。大剣のすぐ側で膝をついて息を整えます。


 ――ふぅ、ロップス殿は森の中まで逃げられた様ですね。


 辺りには首をねじ切られた大量のマエンたち。

 一気に魔力を消費したせいか、鼻血がちょっと出ました。やばいですね。


 マエンは残らず仕留めましたが、霧になった時に確認できた、大量のマエンの後方に有翼人が一人。


 まだ少年と呼べるくらいの有翼人ですが、アギーさん達、子供の有翼人よりは年嵩に見えました。


「面白い術を使うんだな」


 鼻血を拭って立ち上がり、ニコリと微笑んでみせます。

 大丈夫。

 僕はまだ大丈夫です。


「こんにちは。すみませんが急いでいまして、また今度という訳にはいきませんか?」


 マエンの死体の向こうに佇む有翼人に語りかけます。『そうか、またな』とか言ってくれませんかね。


「今度がいつになるか分からんし、せっかく二人っきりだしなぁ」


 そうですか。ダメですか。残念。


 不意に襲い来る魔術の矢。

 角度をつけた大剣で弾きます。魔力を纏わせていないので衝撃が凄い。角度が甘いと折られそうです。


「まぁ、楽しもうよ。せっかくだからさぁ」


 この距離はまずいです。魔力の少ない僕の距離ではないです。

 大剣を手に走ります。

 残りの魔力量は風の刃換算で、使えても数回。

 接近戦で決めます。


 ニヤリと笑う有翼人の少年。


「我の名はナギー。行くぞ、ブラムの子ヴァン」


 集中しろ、僕。

 足りない魔力は集中力でカバーです。


 ナギーさんが指先から立て続けに撃ち込む矢を躱し、躱しきれない矢を大剣で反らし突き進みます。近付かなければどうしようもありません。


「ぐぅっ――!」


 左腕と右腿に一発ずつ被弾、躱せませんでした。

 この旅が始まって初めての手傷。

 吸血鬼の能力が出しながらゆっくりと回復させますが、魔力が残り少ないせいで僅かずつです。

 

 しかし近付けました。僕の距離です。


 痛みは一旦忘れましょう。

 大剣をナギーさんの首筋めがけ振り下ろします。


 ギィンという音を響かせ僕の大剣が首筋の手前で止まる。

 猿のように化した腕、その指先から伸びた四本の爪で受け止められました。


「思ってたよりも強いなぁ。楽しいよなぁ」


 全然楽しくないです。


 痛む右脚で蹴りを放ちますが、後ろに跳ばれてあっさりと躱されました。

 距離を取られる訳にはいきません。痛みは無視、吹き出す血も煙も無視、脚に力を入れて間合いを詰めます。


 何度となく大剣を繰り出しますが、ギィンギィンと爪で弾かれてしまいます。


「ほら、お仲間が心配して戻って来たぞ」


 ナギーさんから目を離さない様に、森へと視線を向けます。


「私も参戦する! 見ておれん!」


 ロップス殿が駆け戻ってきました。魔術の矢で迎え撃とうするナギーさんを阻止します。


「喰らえぃ! 烈火十山斬れっかじゅうさんざん!」


 跳んで剣を振るうロップス殿、やはり技の名前はアレです。

 それに合わせて僕も胴を薙ぎますが、両手から伸ばした爪でそれぞれ受け止められます。


「なんなんだ此奴は! 当たらんぞ!」


 ロップス殿の洗練された剣でも当たりません。

 ナギーさんは防戦一方。しかし遊んでいるようです。向こうから積極的に攻め込む素振りがありません。


「ぐふぁぁ!」


 蹴り飛ばされたロップス殿を捨て置いて攻め込みます。しかし当たらない。参りましたね。


「距離を取られるのは不味い――そう考えているよなぁヴァン?」


 その通りですけど、それが何か?


「こんな手もあるんだなぁ」


 ナギーさんの右手に黒い玉。魔力の塊のようですね。


「これを、こうだ!」


 ナギーさんが黒い玉を足元に叩きつけると同時に大地が抉れ、ナギーさんを中心に土塊と魔力が吹き荒れました。


 咄嗟に魔力で障壁を張りましたが、いけません、近すぎました。


「ぐぅぁぁぁ!」


 蹴り飛ばされたロップス殿と同様に吹き飛ばされ、地に叩きつけられました。


「そろそろ終わりかなぁ」


 そう言って僕とロップス殿に指先を向けるナギーさん。


 体が……動かない。

 ナギーさんの矢、これはもう防ぎようがないです――

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