45「飛べ、プックル」

 ここの所ヴァン先生とした事が焦ってばかりですね。

 ロボを胸元から出して、毛布の上に寝かせます。


 相変わらず熱は高く荒い呼吸を繰り返していますが、熱が上がりきったようで震える事もなく眠っています。


「マエンの長にもどうしようもなくても、僕が絶対に助けます。安心して下さい」


 簡単に食事を済ませてとっとと眠ります。眠りほど魔力の回復を促すものはありませんからね。


「うー! っぺぇっす! でも癖になるっす!」


 タロウはマエンの長から頂いた、あのやけに酸っぱい木の実を摘んでいるようですね。

 そしてロップス殿は死んだ様に眠っています。


「少しだけ僕にも貰えますか?」

「あ、ヴァンさん起きてたっすか!」

「そこそこにしてやすんで下さいね」

「おす!」



 

 夜明け前に起き出しました。

 マエンの森まであと少しです。


「腐ったマエンの襲撃も覚悟しつつ全力で走りますよ。お付き合いお願い致します」

「おす!」

『任セロ』

「私が蹴散らしてやるわ!」



 夜が明けてすぐにマエンの森が見えてきました。


「……ねぇヴァンさん」

「何が言いたいか分かる気がしますが、なんですかタロウ」


「あれ全部、腐った猿っすか?」

「……考えたくないですが、恐らく腐ってますね」

「腐ってやがる! っす!」



 マエンの森の手前に、黒山の

 思ってたよりも酷くないですか?


ひるんでもしょうがないですね。タロウ、少しだけ魔力を移します。いざと言う時の為に取っておいて下さい」

「ヴァンさん大丈夫なんすか?」

「大丈夫。しっかり寝ましたし、まだ早朝ですからね。自分の身が危ない時には魔法を使って下さいね」


 百頭以上は余裕でいるでしょうか。とにかく突っ込んで蹴散らしましょう。


「先頭は僕、続いてロップス殿、プックルとタロウはできるだけ戦闘に参加せず、森を目指して下さい」



 大剣を抜き、一直線に腐ったマエンの集団の中央目掛け加速します。

 少しだけロップス殿を引き離した所で、ちょうどマエンの先頭に届きました。


 全力で大剣を振り抜き、数頭のマエンを切り裂いてそのまま直進。問答無用で突き進みます。


 僕が突っ込んだ箇所だけマエンの集団が抉れ、ぐいぐいとマエンの中へ中へと自分の体をねじ込んでいきます。

 そのせいで前方と左右から、我先にと僕に突っ込んでくるマエン。それらに大剣を振り、突き、薙ぎ払います。


 後方に回り込むマエンには、ロップス殿が棒で打ち据えつつ抑え込んでくれています。


「いくらなんでも無策過ぎんか!? ヴァン殿! これで大丈夫なのか!?」

「そのまま続いて下さい!」


 マエンの囲みがより密集し始めました。

 剣だけでは対応しきれませんね。


 右手で大剣を握り、左手に魔力を纏わせます。


 剣が間に合わないマエンには手刀をくれてやります。

 すでに返り血で頭から血塗れ、顔に飛び散るマエンの血が、メガネのレンズを赤く染めてイライラさせます。


 ようやく群れの中央付近までやって来ました。

 ロップス殿はともかく、プックルとタロウが後方でマエンの波に飲み込まれそうです。


 大剣を背に負った鞘に戻し、魔力を練ります。


「プックル! 前へ! 飛びなさい!」

『任セロ』


 練り上げた魔力で作ったのは極大の風の刃。

 前方、マエンの森までをも根こそぎ切り払うつもりで飛ばします。


「風の刃ぁ!」


 僕と森の間、ひしめく様にしていたマエンは胴を、胸を、或いは頭を、上下二つに分けられ物言わぬ骸と化し、ドサドサと地に落ちます。

 風の刃は森の木の上部を少し削り取り、そのまま上空へと飛び去っていきました。


『――メェェェェエ!』


 猿もロップス殿をもひと息で跳び越したプックルが、僕の頭上さえも跳んでいきます。


 極大風の刃でバラバラになった、腐った猿どもを踏み潰すようにプックルが着地。

 巨体に似合わず華麗な着地、さすがです。


「プックル! タロウ! 行って下さい!」

「分かったっす!」

『任セロ』


 胸元のロボへも呼びかけます。

「みんなで絶対に助けます。安心して下さいね」


 タロウを乗せたプックルが森へと姿を消すのを見送りました。


「ロップス殿! 森を背に戦います! こちらへ!」

「おう! すぐ行く!」


 そうは言っても完全にマエンに囲まれているロップス殿。頭上でくるりと棒を回転させ、腰を落として構えました。


「見よ! 我が槍術改め棒術の奥義! 九棒連撃きゅうぼうれんげき!」


 ロップス殿の構える棒の先がぶれた様に見えます。


 その一瞬、ロップス殿を取り囲むマエンが一気に弾け飛びました。九頭どころではありません。

「くそ! やはり拾った棒ではいかんか! ちょうど良い棒だったのに!」


 ロップス殿の棒があっさり折れてしまいました。さすがにロップス殿の技に耐えられなかった様ですが、ただの棒、ここまで良くもってくれた方でしょう。


 風の刃で切り裂いた猿どもを踏みしめ、森の入り口手前まで走ります。


「やっとここまで来られたか」

「ええ、ここからは進まなくて良いので楽が出来ますよ。向こうから来てくれるのを倒すだけですから」

「……まだまだいるな。充分きつそうだ」


 ずいぶんと減らせたと思ったんですけどね。まだ半分――いえ、四分の三はいるでしょうか。


 ロップス殿と二人、森を守るように戦いを続けます。


 折れた棒を捨てたロップス殿は、腰の鞘に手を伸ばします。

 抜きはなったのは、反りのある片刃の刀。


「峰のない両刃の剣は好きになれんのだ。自分も切れそうでな」


 誰かと同じような事言ってますね。まぁ僕なんですけど。


 向かってくる腐ったマエンを斬り裂きながら、横目でロップス殿を観察します。


 向かいくるマエンのうち、最も近いマエンにロップス殿がスルリと近寄り、『シッ』と音がしたかと思う間にマエンの左肩から右の脇腹へと裂け目が入りました。

 そしてロップス殿が元いた位置に戻ると、斬られたマエンが斜め二つに分かれて落ち――


 驚いたことに、さらにその後ろにいた二頭のマエンが首から上をポトリと落とし倒れました。


 あまりにも速い剣速。


「見たか。我が剣の奥義、烈風迅雷斬れっぷうじんらいざん!」


 槍と同じくらい剣も得意だ、と以前に仰っておられましたが、断然レベルが違います 。

 技の名前はアレですが、僕でも目で追うのが精一杯です。

 

 槍も上手に使っておられましたが、剣は正に達人。


 これならいけます。

 もしかしたらロップス殿一人でもここを守り切れそうな程です。


「久しぶりの剣だが……やはり槍より手に馴染む。ヴァン殿、メガネを拭くが良い。その間くらい一人でも余裕――」


 ロップス殿が話し終えるより早く、前方から飛来した何かが……


「……なんだ? ぐ――ぐはぁっ!」


 胸を押さえたロップス殿が血を吐きながら膝を折りました。


 これはちょっと……やばい――ですかね。

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