44「悩む必要ないっすやん」

『……ヴァン殿……、どうも体がフワフワしておかしいんでござるが……それがしの身体……どうしたでござろうか……』


 全身くまなく確認しましたが、体温があり得ないくらいに高い以外には異常ありません。


「風邪でしょうか……。以前にもこういう事がありましたか?」


 僕の問いにロボが苦しそうに首を振って続けました。


『……ないでござる……、それがし、死ぬでござるか?』

「何を言ってるんですか。風邪で死ぬ人なんかいませんよ」

『そうでござるか。ヴァン殿が言うなら大丈夫でござるな……』


 ロボにはそう言いましたが、風邪で亡くなる人もいるにはいます。

 さらにロボはレイロウ。生態もよく分かっていません。


 一過性のものなら良いですが、レイロウには致命的な病の可能性も捨て切れないです。


 水と太陽の魔法による癒しの魔法を試してみましたが、一向に改善が見られません。


「まだ夜明け前ですが出発しましょう」


 まだ眠っていたタロウ達に声を掛けました。眠そうに目を擦るタロウが起き上がって言います。


「……どうかしたんすか?」

「ロボの体調がおかしいんです。街に行けばどうにかなるというものでもないかも知れませんが、少しでも早く安全なところへ移動したいと思います」


「なんすって!? ロボが!? 癒しの魔法は使ったんすか!?」

「試してみましたが、効き目がないようです」

「じゃあじゃあ! そう! 薬! バファ◯ン! バ◯ァリンっすよ!」


 ふぁばりん? 分かりませんがタロウの世界の薬でしょうか。


「レイロウであるロボ用の薬というものはありません。あったとしても今ここになければ意味がないですが」

「じゃぁどうするんすか!? 落ち着いてる場合じゃないっしょ!」


「ですから! 街まで急ぎたいと言ってるでしょう!」


 少し沈黙。


 やってしまいました。

 本気で怒鳴ってしまったせいでタロウが完全にビビってしまいました。


「すみません。少し落ち着きます」


 まずは落ち着いて考えましょう。


 今もブルブルと震えるロボ。

 まだこれからも熱が上がるようで寒いみたいですね。

 ソッと抱え上げて、僕の胸元へ入れます。


「ロボ、安心してください。僕がきっとなんとかしますから」

『……ヴァン……殿……』


 この先へ進めばロゲルの街。普通の速度で五日の行程ですね。

 他に近い街はありません。

 問題は、ロゲルの街まで魔獣の襲撃がないかどうかに加えて、これが一番大事ですが、ロゲルの街に行けばどうにかなるのか、という問題。


「タロウ、プックル、ロップス殿。意見を聞かせて下さい」

「なんすか!?」

「このまま、ロゲルの街を目指すのが良いと思いますか? それともマエンの長の元へ戻るのが良いと思いますか?」


 ………………


「なるほどな、マエンの長の知恵を借りる考えか」


「はい。魔獣と霊獣の差はありますが、あれほどの知能です。すがる価値はあるかと思います。逆に、人の住む街に連れて行った所で出来ることはたかが知れています。せいぜいが僕の癒しの魔法と変わらない筈です」


「なら悩む必要ないっすやん!」


「――ですが! 我々の旅にこの世界の全てがかかっているんです!」

「じゃあロボがどうなっても良いんすか!」


 ……そんな訳ないでしょう。


 …………大事に思っているからこそ、悩んでるんです。



 胸元からロボが顔を出しました。


『……ヴァン殿、タロウ殿……それがしなどそこらのに捨て置いて下され……』


「――ダジャレかーい!」




 長めの沈黙。




 沈黙を破ったのはさらにタロウ。

「ヴァンさん。ロボを渡して下さいっす」


 僕の方へ手を差し出すタロウ。


「ヴァンさんにロボをまかせておく訳にはいかないっす。俺がマエンの長の所へ連れてくっす」


 目が本気ですね。


「仲間と世界とを天秤に掛けるヴァンさんには任せられないっす。渡して下さい」


 …………


「分かりました。しかしロボを渡す訳にはいきません。僕が連れて行きます」


 キッとタロウを睨むように見つめます。また怯えてしまうでしょうか。


 けれどタロウはニッと微笑んで――

「それでこそヴァンさんっす。仲間の為に頑張ってこその世界、だと思うんすよ俺は」


 タロウのクセに生意気ですが――そうですね。ここでロボの為に頑張らなくて、それで世界が救われてもしょうがないですよね。


「大丈夫! きっと全部上手くいくっす!」


 タロウは相変わらずのお気楽極楽ですが、ずいぶんと頼もしくなりましたね。


「タロウ、ありがとうございます。目が覚めました。では急いでマエンの森を目指しましょう!」


「おす!」

「おう!」

『メェェ!』

『……それがしの為に、すまんでござる……』


 そういえばみんなロボには甘いですからね。



 急ぎます。

 マエンの森からここまで三日。急げば二日で戻れるでしょう。

 この中で一番足の遅いロップス殿の全力に合わせて走ります。


「いざともなったら私は置いていけ。じきに追いつく」


 息を切らせて走るロップス殿はそう言いますが、有翼人のけしかける魔獣が心配です。マエンの森に暗躍する有翼人たちは未だにいる筈ですから。


「ロボ、大丈夫ですか?」


 走りながら、胸元のロボに問いかけます。

『……大丈夫で、ござる……。足引っ張ってばかりで……すまんでござる……』


「何を言うんですか、誰もそんな事思っていませんよ」

『……ありがとうでござる……』


 眠ったようですね。高熱に伴う衰弱がひどいです。

 とにかく、できるだけ早くマエンの長の所へ行きましょう。


「ヴァンさん」

「どうしました?」


「やっぱ腐ったマエン、襲ってきますかね?」

「どうでしょう。でも覚悟はしておいた方が良いでしょうね」

「そっすよねえ」


 道々、少しだけの休憩を挟むだけで走り続けました。



 日が落ちます。

 ここまであり得ない速さで進めましたので、マエンの森までもう少しですがここで野営します。


「野営っすか? このまま行った方が良いんじゃないっすか?」

「それも考えましたが、魔力を回復させてから向かいましょう」

「あ、そうか。ブラム父ちゃんに吸い取られるから魔法使わなくても半分になってんだったすね」


 本当にやっかいですね、父の呪い。


「……はっきり言って、私も無理だ」


 ゼーゼーと肩で息をしながら大の字になって伸びているロップス殿。


「……プックルもヴァン殿も――化け物だ」

『プックル、余裕』

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