43「雄はなんか違う」

 マエンの長は話せる人物でした。いえ、猿ですけど。


 長は他のマエンよりもひと回り大きく、僕より少し小さい程度。そしてどの猿よりも全身の黒い毛が長いです。


 この森にもあの有翼人達は顔を見せているようで、怪しげな魔術を用いて他のマエンの群れを操っているそうです。


『あやつらは好かん。あやつらのせいで、他の猿どもがになっていきよる』


 マエンの長は、あの目の虚ろな状態のマエンを腐った猿と呼んでいるそうです。


『ああなってしまったらな、もう殺してやる方が猿どもも喜ぶ。少なくともワシならばそれを望む』





 日の落ちた今、森の広場で歓迎の宴を催して頂いています。

 木の実や果実ばかりですが、普段あまり口にできないものが多くて嬉しいですね。


 タロウはやけに酸っぱい木の実を気に入ってパクパクと食べ続けています。


「長靴いっぱい食べたいっす!」


 貴方ね、そんなこと言いながらもう長靴二足分くらい食べていますよ。


 ロップス殿はロップス殿で、数頭の雌猿に囲まれて、雌猿の背中を撫で続けています。


「長よ。この雌猿、私に一頭くれないか?」

『ならん。雌は宝だ。雄なら構わん』


 ロップス殿曰く――雄はなんか違う――だそうです。


 プックルはゆったりと寛いで、雄猿たちに毛繕いされながら果実を齧って過ごしています。


「メェェェ」

「「キィ! キィ!」」


 どんなやり取りかは全く分かりません。


 ロボですか? ロボは僕の膝の上でウトウトしています。まだ小さいですからね。



『お主ら、あの有翼人が狙っているか?』


 こくん、と頷きます。長は事情通ですね。


「どうやらその様です。先日も有翼人の一人にマヘンプクをけしかけられましたよ」

『やはりそうか。聞いていたより人数が多いが、恐らくそうだろうと思っていた』


 ワギーさんよりマエンの方が賢いとは驚きですね。……というかワギーさんがバカなのか……たぶんどっちもですね。


『聞いた話では連中、どうやらお主らで遊んでおるようだな』


「どういう意味ですか?」

『そのままの意味よ。それぞれが魔獣を使って、誰がお主らを仕留めるか競っておるようじゃ』


「長はお会いになりましたか?」

『いや、遠目に見ただけじゃ。他の群れの連中の話が先に聞けたのでな、要所要所を倒木で道を塞ぎ、我らの縄張りは目立たない様にしてある』


 ロッコノ村の村長が言っておられた通り、高い知能をお持ちのようです。


 しかし色々と有益な情報を得られましたね。


 有翼人たちは今のところ、自分たちが直接襲ってくるつもりはないか、もしくはそのつもりがあってもかなり少なそうです。

 これが真実なら大変助かります。


 あのアギーさんとは現状戦えるとは思えません。少なくとも僕の魔力がフルに使えて、それでようやく、なんとかなるかどうかだと思われます。

 なので父の呪いが解けない事には太刀打ちできないと判断します。


 今は魔力消費の大きい魔術を使うのは自殺行為ですから。



『この広場の左手、そうそっちだ。見えにくいが先に進める道に戻れる獣道がある。夜が明ければそこから進むが良い』


 長が指を向け教えてくれましたが、ここからは良く分かりません。

 近付いてみると確かに、生い茂った木に隠れて細い道がありました。


 なるほど、これは良くできています。この要領で我々のような侵入者を誘導しつつ幻惑させているのですね。


「ありがとうございます。明日早朝には出発する事に致します」

『お主らの先行きに幸多い事を祈る』




 翌早朝です。


「お世話になりました。長殿の群れも有翼人たちにご注意下さいね」

『ああ。我らの事は心配無用だ。連中とはここが違うからな』


 指でご自分のこめかみ辺りをトントンと叩いて長がうそぶきました。けれど確かにそうかも知れませんね。


「吹き矢ありがとうっす! 大事に使うっす!」


 タロウは仲良くなった雄のマエンから吹き矢をプレゼントして頂いた様で、雄猿の手を取ってブンブンと振りしきりにお礼を伝えています。


 では出発です。長殿たちには良くして頂きました。またお会いしたいですね。



「お、言っていた通りに元の道に戻れたようだぞ」


 思っていた以上に細い道でした。

 プックルが葉っぱまみれです。大きいですからね。


「では、ここから三日ほどで岩場の多くなる山岳地、さらに五日ほどでロゲルの街、さらに十日ほどでシュタミナー村だったな」

「ええ。魔獣や有翼人たちに襲われなければ。予定通り進みたい所ですね」


 ロップス殿が先行します。

 雌猿が貰えなかったからか、やや背中が寂しそうに見えますね。





 その後の丸三日、魔獣の襲撃はありませんでした。

 毎晩、食事時には戻られるロップス殿の方も特に問題はないようです。


「単発的に魔獣に出くわす事はあるが、腐っている様子はない。有翼人どもの手引きによるものではないな」

「もしかすると、まだ森の中に僕らがいると思っているかも知れませんね」

「そうだと良いっすね! この先もずっと襲われなきゃ余裕っす!」


 そうだと本当に良いんですが。

 二月の頭にアンセム様の所を出てからもうすぐ一月ひとつき。ロゲルの街に着く頃には三月ですね。

 年内いっぱいまでまだ七ヶ月ありますが、どこで足止めを食うか分かりません。

 スムーズに進めば全く問題ない道のりなんですけどね。


「タロウ、甘い考えをしてるとこの前みたいに崖から落ちますよ」

「すんませんっした! 気つけるっす!」


 明日には山岳地帯に突入です。

 油断せずに行きましょう。



 


「ロボ? 貴女、熱がありませんか?」


 夜明け前です。

 一緒に寝ているロボの体が熱いです。

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