28「魔力全開は疲れます」
高い所に光る二つの目に向けて、精神感応を飛ばします。
『マロウの長よ。僕は狼王ロボを守護する者。なぜ狼王を
僕もできるんですよ、精神感応くらい。
『ヒトヨ、ワレラ狼ノコトニ、口出シスルナ』
仰る通り、それはそうです。
しかしそれで納得する訳にもいきません。
『貴方はこの小さき狼王を弑し、新たな狼王となるつもりか?』
『我ハ、ソノチビヨリ強イ、我コソガ王ダ』
『王になって何を成さんとする?』
『喰ラウ、人モ、獣モ、我以外ノ狼モ、全テ喰ラウ』
……なんだか凄い事言ってますね。仲間に嫌われちゃいませんか?
いくら歳経た魔獣であっても、ここまでの破壊衝動が身につくものでしょうか。
『
その言葉に、顔を覗かせていたロボが慌てて服の中へと引っ込みました。
話し合いはちょっと難しい、みたいですね。
『ではマロウの長。拳で語り合いましょうか』
『イヤ、語ルノハ、我ノ牙ト爪ダケヨ』
そう言うと、マロウの長は森から飛び出して、いきなり僕に爪を振り下ろしました。
「――速い!」
後ろに跳んで初撃はなんとか躱しましたが、続く攻撃も速いです。
襲いくる右の爪を剣で弾き、左の爪を魔力を纏わせた手刀で弾きます。
そこを上から牙が襲ってきます。これを前に飛び込んで躱し、長の股下から向こうへ抜けます。ちょっと危なかったです。
少しの距離を置いて対峙しました。
落ち着いて見ると、やはり大きいです。馬より少し大きいプックルより、さらにひと回り大きいくらいですね。
そして真っ黒です。マロウはみな黒いですが、長のそれは漆黒と表現するのが相応しいです。
剣メインでは厳しいかも知れませんね。
ここは出し惜しみしている場合ではありません。
剣を鞘に納めて魔力を全身に循環させます。僕の全身が白く淡く輝きます。
さらに漲らせます。
しかし、こういう隙を魔獣は見逃してはくれません。
「ぐわぉぉぉぉん!」
魔力をたっぷり含ませた遠吠え。
ロボのいる胸の前で腕を交差させ、力づくで堪えます。
ぐうぅ――、この距離で直撃するのはキツいですね。魔力を纏わせていたとは言え全身が痛いです。
けれど、こういう時に怯んだ姿を見せてはいけません。
ニコリと微笑んでマロウの長を見つめます。
『その程度ですか? では、こちらから行きますよ』
全身に充分な魔力が漲りました。
強化した身体能力を利用して一気に跳んで間合いを詰め、組んだ両掌を長の眼前で振りかぶります。
全力で振り下ろして鼻っ面を殴り、地面に叩きつけました。
「ぎゃぃぃぃん!」
叩きつけられた長の背骨を狙って、全体重をかけて飛び降ります。ボキボキと骨が軋む音に合わせて長が叫びます。
「ぐぎゎぁぁぁ!」
まだ攻撃の手を緩めません。背に乗ったまま尾を掴み、逆の手から炎弾を飛ばします。
ドンドンドンと首筋に連続して直撃する炎弾は、火力よりも衝撃力に比重を置いています。
当たる度に長の頭がガクンガクンと前後に揺れてばたんと前に倒れました。
こんなものでどうでしょうか。
長の体から跳び降り、少し距離をとって様子を見ます。
はっきり言って、魔力全開で戦うのはめちゃくちゃ疲れます。
父の呪い――もうアレは呪いと呼ばせて下さい――のせいでか魔力消費が尋常じゃありません。まさかこれほどとは思っていませんでした。
まだマロウが百頭以上いるんですから、ここで魔力を使い切ると洒落になりません。
出来ることならもう立たないで下さい。
『……強イナ、狼王ヲ守護スル者ヨ、ダガ、マダ我ハ戦エ――』
苦しそうに長がそこまで口にしたその時。
――ドォォォン! という音と共に、長の体が吹き飛び木っ端微塵に散りました……
……え、なんです一体……?
『――モウイイ、父ヨ』
何が起こったのでしょう。
もう一頭の、別のマロウが遠吠えを放ったようでしたが。
『人ヨ。ソシテ狼王ロボヨ』
長ほどではないですが、プックルと同じくらい大きいマロウが進み出てきました。
『ヤハリ父ハ、オカシクナッテイタ。モウ我ラハ、
長のお子さん……の様ですね。とにかく助かりました、としておきましょうか。
森からこちらを伺っていたマロウ達が、長の子を残して引き上げていきます。
とりあえず危機は去りましたね。ロボを胸元から出してあげます。
長のお子さんから色々と伺えました。
長は以前、マロウ達から慕われる良い長だったそうです。それが突然、自分の魔力を高める事に固執し、魔獣の肉を貪り、一族を増やし続けたとの事。
それがおよそ十年ほど前。
アンセム様の所で伺った、魔獣が竜人族を襲い始めた時期と一致しますね。
十年前に何かあったのでしょうか。
これは覚えておきましょう。最近意識しないと物忘れが酷くって。
『我ラノ一族ハ、ロボヲ狼王ト認メル。叔父上ノ事モ、併セテ、謝罪スル』
そう言うと長の子――新たな長は、ロボの足先をペロリと舐めました。
馬ほども大きい長と、子犬程度のロボ。凄いサイズ感ですね。
そして去り際に――
『精神感応を使う魔獣は人の言葉を解す、我や我の父に精神感応で語りかけていたが、全く不要だ』
――と教えられました。
あ……確かにプックルやロボには普通に話し掛けていました。
『僕もできるんですよ、精神感応くらい』
なんて思ってたのが恥ずかしいです。ウッカリしていました。
「ロボ、頑張りましたね」
『ヴァン殿はびっくりするくらい強いでござるな!』
「大丈夫と言ったでしょう。ヴァン先生は嘘をつきません――が、ちょっと疲れました。少し休憩してから戻りましょう」
腰を下ろし、ロボの背中を撫でながらひと息つきます。
堪りませんねこれは。いつまででも撫でていられそうです。
プックルのモフモフとどちらが触り心地が良いでしょうか。
「ところでロボ、貴方これからどうしますか? 森に帰って頼れる人はいるんですか?」
『それがしはヴァン殿さえ良ければついて行きたいでござる』
「そうですか。僕は構いませんが、ロボが居なくて困る人もいませんか? 曲がりなりにも狼王なんですから」
うーん? と首を捻るロボ。一々仕草が可愛いですね。
『いないでござる。王と言っても何かする訳でもないでござるし。少なくともそれがしが大人になるまでは、森に居た方がみんな困る気がするでござる』
そうかも知れませんね。誰かが養わなければなりませんからね。
「分かりました。でしたら僕らと一緒に行きましょうか」
『末永くよろしくお願いしますでござる!』
おかしな言い回しですね。
「それじゃお嫁さんになるみたいですよ?」
『ヴァン殿のお嫁さんにして欲しいでござる』
狼と魔族ですか。竜や獣人と結婚する人も居ますしね。まぁ、それは目を瞑りますが。
「貴方、
『それがし、
なんですってー!?
……タロウ不在だとリアクションに困りますね。
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