26「狼の子ども」

「ヴァンさんヴァンさん」


 小声でタロウが僕の名を呼びながら、開いた窓の隣のガラスを指差しています。


 割れていますね。

 展開から言っても、まさか物盗りでもないでしょう。恐らくはくだんの狼、飛び込んで驚かせて、他の窓まで壊されては堪りません。


 タロウが教会から離れる様に手でサインを送ってきました。

 少し離れてプックルの所まで戻ります。


「まず間違いなく、ター村長の言っていた狼の子供でしょう」

「泥棒の線は無しっすか?」

「僕の家の方ならともかく、この世界であかき神の教会に盗みに入る人は居ませんよ」


 ふーん、そういうもんすか、と言いつつニヤリと笑うタロウ。良い考えがある様ですね。


「じゃぁ決まりっす」



 タロウの提案で只今、絶賛マトン祭り中です。


「ウマー! やっぱマトン旨いっすー!」

「美味しいですね。枯渇した魔力も僅かですが回復が感じられます」

『ウメェェェェェェ』


 プックルも一緒になって三人で貪り食べます。


「ほら。ヴァンさん見て見て。そぉっとっすよ」


 開いた窓の所から、恐らく狼のものと思われる鼻が見えていますね。


「あぁー! あとちょっとしかないっす! 俺全部食べちゃおーっと!」


 タロウ、相手は獣ですよ。そんな芝居じみた台詞は伝わらないのでは。


『ま――待つでござる!』


 え? ですか?


『恥を忍んでお頼み申す! それがし、死にそうな程の空腹なのでござる!』


 白い毛の小ぶりな狼が、ズザーっと僕らの前まで飛び込んでの滑り込みです。

 そしてその目の前に、皿に乗せたマトンを差し出すタロウ。


「待て!」


 ビタッと止まる狼の子供。


「まだっす! まだっすよ〜、待てっすよ〜」


 物凄いヨダレです。しかし理性で我慢している様です。何故かプックルも一緒になって硬直していますね。


「良し!」


 タロウの合図と共にガツガツとマトンに喰らいつく狼の子供。


「た〜んと食え。まだまだあるっすよ〜」


 タロウが途端に優しくなりました。躾上手ですね。魔法だけでなく、動物を手懐ける才能もあるのかも知れませんね。


 しばし食べっぷりを眺めて過ごしました。


『馳走になり申した。それがしはロボと申します』


 なんと丁寧な狼でしょう。育ちの良さが伺えますね。

 しかもタロウでなく、僕に向かって言っている様です。せっせせっせと肉を焼いていたのが僕だと分かって言っているんでしょうか。


「いえいえ、お気になさらず。僕はヴァンと言います。こっちはタロウとプックルです」


 狼の子供が唐突に、ガバッと伏せました。


『ヴァン殿! 頼みがあるでござる!』

「伺いましょう」

『先程の癒しの魔法を遠くから拝見したでござる。それがしに魔法を教えて下され!』


 魔法、ですか?

 この精神感応と言い、やはり狼の魔獣、すなわちマロウなんでしょうか。


「お返事する前にお伺いしてもよろしいですか?」

『よろしいでござる』


「あなたはマロウですか?」


 少し沈黙。


『あんな野蛮な者共と一緒にしないで下され』


 そうですよね。

 明らかに佇まいが異なります。プックルもそうですが、佇まいからは殺伐とした雰囲気と言いますか、凶暴さが全く見えません。


「失礼しました。しかし貴方は精神感応をお使いですし、魔力を持った狼ではないのですか?」

『魔力ではないのでござる。それがしは精霊力を使っているでござる』


 なるほど。獣の姿で精霊力を使う者とは。

 長生きな僕でもほとんど出会った事がありません。


「ねぇヴァンさん、精霊力ってなんすか?」

「まぁそのままですよ。精霊の力ですね。精霊女王タイタニア様も、魔力でなく精霊力をお持ちでいらっしゃいますね」


『魔力は持たんでござる。だから魔獣ではないのでござる』


 ロボは精霊力を持った獣、霊獣の様ですね。狼なのでレイロウでしょうか。


「分かりました。では、魔法を習いたいのは何故ですか?」

『それがしは弱いのでござる。しかし、叔父上を殺したマロウどもをどうにかせねばならぬでござる』


 ロボの説明はこうでした。


 この辺り一帯の、普通の狼もマロウも含めた全ての狼の王がロボの父であり、その父が死に、次代の王としてロボが即位する筈でした。

 けれど力のないロボを王として認めないマロウ達に、ロボの後ろ盾となってくれていた先王の弟を殺され、そしてロボまでもが命を狙われているそうです。


『大きくなれば力も強くなり、強い魔法も使えるでござる。しかしマロウどもはそれを待ってはくれんでござる』


「大きくなるのにどれくらい掛かるんすか?」

『早くても十年は掛かるでござる』


 村を襲う程にマロウは本気でロボを狙っているようですからね。十年はロボも待てませんね。


 しかし精霊力ならば……仮に霊法というものがあったとして魔法と同じ様に教えられるんでしょうか。

 それに霊法が使えたとしても、今のロボではマロウの群れに太刀打ちできるとは思えません。


「分かりました、考えてみます。が、僕の魔力が回復しないとどうしようもありません。お昼寝しましょう」



 近くの小川で水浴びを済ませて、タロウとプックルが母の部屋に、僕はロボと一緒に僕の部屋に入ります。

 できればプックルは外で寝て欲しかったですが、一人だけ除け者は可哀想ですからしょうがないですね。


『これが噂のベッドでござるか』


 ロボが物珍しそうにベッドと毛布の匂いをクンクン嗅ぎ回っています。


「ロボ、一緒に寝ましょうか」

『え!? それがしがヴァン殿と一緒にでござるか!?』


 そんなに驚くとは思いませんでした。

 ダンピールだからか体臭はさほど強い方ではありませんが、狼の嗅覚だと厳しいでしょうか。


「すみません、無理にとは言いませんが……」

『……ヴァン殿が良ければ、是非、お願いしたいでござるよ』


 ベッドで横になった僕のお腹の上で丸くなるロボ。

 一緒にとは言いましたが、まさか僕の上に乗るとは予想外でした。


 まぁ、少し硬目の毛がゴワゴワしますが、重たくもありませんし綺麗な毛並のお陰で手触りが良いです。


 誰かと寝るのも久しぶりです。


 悪くないですね。

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