23「俺って二十五歳なんすよ」

 そろそろマガクが焼けました。

 もう一度顔を洗ってきたタロウが、とらんくす一丁で焚き火の側に腰を下ろします。


「では頂きましょう」

「おす! いただきま――」

「マガクか。私も頂こう」


 少し沈黙。


 ここでロップス殿が登場です。焼き上がるの待ってましたか?


「風車の弥七はそんなじゃないっす! 黙って仕事だけするカッコいいキャラなのに!」

「カザグルマノヤシチ? 私はそんな者の事は知らぬ」


 二人してこっちを見ないで下さい。僕も知りませんよその人。


「知らないんすか? 水戸黄門」


 知りませんってば。

 なぜ僕がそれを知ってると思うんですか。


「さ――さぁ、食べましょう。マガクの肉はもっと焼きますので」


 二人とも昨夜もあんなに食べたのにそんなに良く食べられるなと感心しちゃいますね。

 今日はいっぱいありますので僕も少しは頂きましょうか。


「美味い! ワニってこんな味なんすね!」

「うむ。マトンの方が脂が多く甘いが、マガクはさっぱり、しかし肉の味自体は強くしっかりしている。久しぶりに食ったがやはり美味い」


 二人は目を合わせ頷き合います。そしてまた黙々ともぐもぐと一心不乱に貪ります。

 なんなんですかあなた達。仲良いじゃないですか。


「ところでタロウ。あなた先ほど渡した魔力、まだ残ってますよね?」


 ビクっ! としたタロウからバシュゥと魔力が吹き出し一気に霧散しました。


「あぁ〜。もう、ヴァンさんがいらんこと言うからー」


 ちょっとちょっと、人のせいにしないで下さいよ。


「水の槍一発で倒せたんで。残った魔力は循環させといたらまた使えるかなって」

「何? 貴様、自らの魔力はまだ使えんのだろう?」


「思い通りには使えないっす」

「マガクを仕留めてからかなり経つのでは?」


 ロップス殿がこちらを見ます。


「えぇ。タロウが体を洗って、服を洗って、プックルに顔を舐められてもう一度顔を洗って、マガク肉を貪り食べる、くらいには経ってますね」


「……本当に自分の魔力分からんのか?」

「さっぱりっす」


 うーむ、と唸るロップス殿。


「そんな奴、聞いたことあるか?」

「そうですね。僕も八十年の間、聞いた事ありません」

「私も物心ついて十年、見た事がない」


 ――え? 十年?


「ロップスさんていくつなんすか?」

「今年成人の十二歳だが?」


 少し長めの沈黙。


「ロップスさん子供すぎー!」


 ちょっと僕も驚きました。あの門を守っていた竜人族の彼よりも歳下じゃないですか。本当に竜人族は歳が分かりにくいです。三十くらいかと思っていました。


「ロップスさん? 俺って二十五歳なんすよ」

「知っている。それがどうかしたか?」

「ロップスさん十二歳っしょ?」

「そうだ。それがどうかしたか」


 またしても少し沈黙。


 あ、タロウが拗ねました。ぶつぶつと、敬語がどうしたこうした、と呟いています。気持ちは分かりますけど。

 まぁ、僕は別に気になりません。僕から見れば十二歳も二十五歳も似たようなものです。


「自分の魔力を使えん者が、他人の魔力で魔法を使い、さらに残った魔力を維持したままで過ごす。驚きだな」


 こちらでは魔法が使える人は基本的に自分の魔力を使いますから、他人の魔力で魔法を使うという発想自体がまずあり得ませんね。


「ところでヴァン殿、今後の進路についてだが」


 タロウの魔力についての話題は終わりですね。まぁ、議論したところで結論は出ませんし。


「ペリメ村で二、三日は休憩しようと思っています。それからペリメ村からアンゼル山脈を越えてガゼル様の下へ、ですね」

「実は私はアンセム領を出た事がないのだ」


 でしょうね。十二歳ですものね。


「アンセム領を出れば、はっきり言って道が分からんのだ」


 それでなぜ別行動を言い出したんでしょう。先が思いやられます。


「ペリメ村から東へ向かって三日、さらに北へ一日ほどの所にそう大きくない町がある。ヴァン殿は知っているか?」

「ヴィッケルですね。ガゼル様を訪ねる際に何度か立ち寄った事があります」


 そう言えばヴィッケルには人口の割に竜人族が多いそうですね。確か二割程が竜人族だったでしょうか。

 ちなみにペリメ村には竜人族は住んではいません。アンセムの街はどうでしょうか。それでもそう大した数ではないでしょうけれど。


「ヴィッケルには私の母がいる。旅に出る事を伝えておきたいので寄ろうと思う」

「母ってロップスさんのお母さんすか?」

「母という存在が他にあるのか?」


 なるほど。十二歳ですし伝えておくべきでしょうね。


「分かりました。ではヴィッケルで一度合流するとして、十日後程でよろしいですか?」

「分かった。母の名はヤンテ、町の者に聞けばすぐ分かるだろう」


 マガクもすっかり食べ尽くし、ロップス殿は先に立たれました。僕は結局、ひと串しか食べられませんでした。良いですけどね。




「竜のお嫁さんになる人ってどんな人っすかねー」


 アンセム様に嫁ぎたいと思う方は割りと多いと思います。結界を維持できる範囲から出られないとは言え、この世界でトップの実力者。人化さえできますから夫婦生活に支障もないでしょうし。

 十五年前に訪れた際には、そんな素振りは全くありませんでしたが。


「どんな方でしょうね。お会いするのが楽しみです」


 さぁ、ここからは急ぎましょう。あんまり遅いとアンセムの街の門が閉まってしまいます。


「タロウ、プックル、少し急ぎますが、それでも走りながらのモフモフ禁止ですよ」

「分かったっす」

『走リナガラ、ダメ。分カッタ』




 モフモフ禁止でも、日暮れ前にはなんとかアンセムの街に辿り着きました。プックルが居なければやはり厳しかったですね。


 街長の下を訪れ、帰還の報告をします。


「お戻りになられましたか! では凱旋パレードの準備を! 何ですと、お時間がない? では食事会を! それも難しいですか……ではブラム様のお話だけでも……」


 全て御辞退致しました。ブラム推しでさえなければ人の良さそうな街長なんですが……。


「良かったんすか?」

「だって面倒でしょう?」

「まぁ面倒くさいっすね、あの人」


 今夜はパンチョ兄ちゃんの家にお世話になりましょうか。

 パンチョ兄ちゃんはいらっしゃらないでしょうが、サバスさんにお話しすれば泊めていただけるでしょう。


 ――と思ってたんですけどね。

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