22「次の目的地は」
ここアンセム様の庵から、真っ直ぐ北へ向かえばブラム領。その西がタイタニア領です。
タイタニア領とアンセム領の境界には、この世界で一番大きく残った海、アンタニア海が内陸までせり出していますので、真っ直ぐタイタニア領に向かうには海を越える必要があります。
ブラム領から東へ向かえばガゼル領です。ここからなら北東ですね。
ガゼル領は高地ですので、いくつかの山と、この世界最大のアンゼル山を越える必要があります。
船の手配をするよりはこちらからが現実的ですが、少し手強い魔獣の棲息地がいくつかあります。
普段の一人旅ならば間違いなくガゼル領からなんですが。
悩みますね。
「悩んでおるな。私は飛べるから悩む必要がないが……」
アンセム様ならそうでしょうね。ロップス殿も竜族でなく竜人族ですので翼がありません。たとえ飛べても一人で飛んでもしょうがありませんけどね。
「そうですね。悩んでみましたが、船の手配が上手く行かない可能性を考えれば、やはりガゼル領からでしょう」
定期船などはありませんからね。一から船を作るなんてあり得ませんし、協力頂ける船が見つかるかどうか分かりません。
「そうであろうな。きたこれきたこれ」
気に入ってしまいましたか。それ多分使い方違うんじゃないでしょうか。突っ込まないんですかタロウ?
タロウを見ると、プックルをモフモフして遊んでいました。話に参加しなさいよ貴方。
「うむ。では行け! 皆によろしく」
では行きましょうか。
タロウはプックルに乗り、僕とロップス殿は歩きです。ロップス殿は腰に剣を
「ヴァン殿、ひとつ言っておきたい」
「なんでしょう」
「私は一緒に行くつもりはない。別行動をとらせていただく」
あれ、そうなんですか?
「影ながら貴殿らを守る事は誓う。が、共に旅をするつもりはない、という事だ。いざという時には駆けつけよう」
「そうですか。分かりました。よろしくお願いします」
「我儘言ってすまぬ。よろしく」
そう言って森へと姿を消したロップス殿。
「――風車の弥七タイプっすか」
カザグルマノヤシチ? なんでしょうか。タロウがまた分からない事を言います。
「さぁ、タロウにプックル。モフモフ禁止で行きますよ」
とりあえずアンセムの街、そしてペリメ村を目指しましょう。
隘路を抜け、どんどんとアンセムの街に近づきます。昼前に出発しましたので今日中には着けるはずです。
「ヴァンさん、お腹空いたっす」
そういえば寝坊して朝食を食べていませんね。すっかり忘れていました。僕にはそれほど必要ではありませんから。
「どうしましょう。保存用の干肉もアンセム様に全て差し上げてしまいました。粉はありますのでダンゴ汁なら用意できますが」
少し沈黙。
不満そうですね。昨夜あれほど食べたのに。でもマトンの美味しさは相当ですからね。
「では少し迂回して川へ下りましょうか。魚か肉か、どちらか手に入れましょう」
川です。そう大きな川ではありません。
プックルとタロウが足首まで水に浸ってはしゃいでいます。
そんなにはしゃぐと獲物が逃げてしまいま……
――あ、逆に獲物がやってきました。
「タロウ、ちょっとこちらへ」
「なんすかヴァンさん」
右手に魔力を纏わせ差し出します。
「なんすか? 魔力トレっすか?」
首を捻りながら右手を前に出し、僕の魔力を受け取るタロウ。
父に魔力を吸収されていますが、この程度ならば全く問題ありません。
「川の中から獲物が近づいて来ています。タロウに任せますよ」
「マジすか? 俺で大丈夫すか?」
「危なくなったら手伝いますよ」
「じゃぁ、いっちょやってみるっす!」
浅瀬に足を浸けて魔力を循環させるタロウ。危ないのでプックルはこちらに呼びました。
川の深いところ、淵のところに潜んでいますがタロウはまだ気付いていませんね。
ちょっと不安になってきました。いつでも魔法が放てるように僕も準備しておきましょうか。
ざばぁっと川面がいきなり盛り上がり、キョロキョロしていたタロウ目掛けて大きな口が迫ります。
「うわ! うわぁ! なんすかこれ!」
「風の刃!」
驚いたタロウが浅瀬で腰を下ろしたのと同時に、僕の魔法が獲物の胴を上下半分ずつに分けました。
しかし、獲物の体は別れずに、タロウの眼前で留まっています。
もう一瞬だけ待ってあげれば良かったですね。
あの一瞬でタロウが選んだのは水の魔法。
水面から立ち昇った水の槍が、獲物の尾から口までザックリと貫いています。
「ちょっとヴァンさん! こんなデカい獲物って聞いてないっすよ!」
「やるじゃないですかタロウ。あの一瞬で水の槍を出したんですね。大したものです」
驚いていた顔がニヤけていきます。
「でっしょ! やっぱ川があるなら水の槍っしょ!」
タロウの水の槍が、元のただの水に戻るのと同時に、獲物の体が飛沫を上げて浅瀬に落ちました。
タロウが水と獲物の血でビショビショのドロドロです。
「タロウ、川で体を洗って下さい。獲物は僕が処理しますので」
「おっす! ところでこれって、
「そうです。小さめですが鰐の魔獣、マガクですね」
僕の背より少し小さいので、普通の鰐でもあり得る大きさですが、マガクですね。
「マトンとはまた違いますが、マガクの肉も美味しいですよ」
タロウが体を洗っている間にマガクを捌きます。魔獣の血には魔力が多く含まれているので魔力回復にはもってこいなんですが、僕はともかく人族のタロウはお腹を壊してしまいます。
血抜きをし、食べられる部位を切り分けます。
「どうしましたプックル?」
『プックル、コレ、食ベル』
食べられない部位として除けた物を顔で指したプックルが言います。
主に内臓や骨なんですが、大丈夫なんでしょうか。けれどプックルは賢いですからね、きっと大丈夫なんでしょう。
「構いませんよ。焼きましょうか?」
『コノママデイイ』
ガツガツとプックルが食べ始めました。なかなか凄い絵面ですね。
「さっぱりしたっすー」
プックルが食べ終わる頃にはタロウも戻ってきました。服も洗った様で、最初に履いていたとらんくす一丁です。
「こっち来てから一回も風呂入ってなかったから気持ち良いっす」
『タロウ、良クヤッタ』
プックルがタロウを労って顔を舐め回します。
「ちょっ、プックル? いつも以上に生臭いっす! いや! やめて! いやマジで!」
……仲良しで微笑ましいですね。僕ならアレは御免ですが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます