20「結界を維持できる範囲」

「おい、起きろヴァンよ。いつまで寝てるつもりだ」


 まさか僕が寝坊ですか。母が亡くなってから、誰かに起こされるなんて久しぶりですね。


 しかも相手が五英雄のひとり、アンセム様とは。

 これは恥ずかしいです。けれど敢えて堂々としましょう。慌てるとカッコ悪いですからね。

 胸のポケットから出したメガネを掛けてお返事です。


「おはようございます、アンセム様」

「うむ、おはよう。ほれ、タロウも起きんか」

「ぐはぁっ」

「何が、ぐはぁか。もう昼前だぞ」


 さすがに寝てる時に蹴っ飛ばされたら呻き声も出ると思います。見た目は子供でも力はこの世界で最強レベルですし。



「もうそんな時間ですか」

「うむ、最近たるんどらんかヴァンよ」


 そうなんです。

 最近うっかりが多い気がします。「僕とした事が」ってよく言っている気もしますし。


「いかんぞそんな事では。タロウを連れて行けるのはお前しかおらんのだ」

「そうっすよヴァンさん、ヴァンさんがしっかりしてないと、俺が死んでしまうじゃないっすか」


「タロウ、起き抜けの第一声がそんな事で良いのか。他力本願にもほどが――」

「良いんすよ俺は。あ、おはようございますアンセムさん」


 少し沈黙。


「……うむ。おはよう」


 さすがのアンセム様も、タロウのマイペースっぷりに呆れていますね。


「ゆうべはロップスが馳走になったそうだな。マトンの良い匂いがプンプンしておったわ」

「ええ、凄い食べっぷりで、タロウと二人で全て平らげてしまいました」


 少し沈黙。


「……全て、とな?」


 え、あ、不味かったでしょうか。


「生マトンはありませんが、携行食用の干マトンならありますが……」

「……良いのか?」


「え?」

「私が食べても良いのか?」


 そういう意味ですか。迫力が凄かったのでさすがのヴァン先生も少しビビってしまいました。


「勿論です。アンセムの街で買うか、アンセムの街の北の森で手に入りますので」

「で、では頂こう!」


 アンセム様のキャラがやはり変わった気がしますね。以前より親しみ易くはありますが。


「そういえば、街長から酒は預からんかったか?」

「あ、すっかり忘れていました」


 カバンを探り預かったお酒を取り出し、梱包を解き差し出します。


「これよこれ。これと干マトンが合うのよ」


 その場で蓋を外し飲まれます。干マトンと共に酒盛りが始まりました。


「ヴァンもタロウも飲むか?」

「いえ、僕はお酒はあまり飲みません」

「俺も飲まないっす」


 見た目が五、六歳ですので違和感が凄いです。


「やはり飲み食いする際は、この子供の体が都合が良い。少量で腹も膨れれば酔いも回る」

「あ、だから子供の体になってんすか?」


「そうだ。竜の体ではいくら食べても足らんのでな」

「コスパが良いってやつっすね」

「こすぱがいい? そうだ。こすぱがいいのだ」


 だからそれも若者言葉とかじゃないですよアンセム様。千三百歳なんですから無駄に若者ぶらなくても。


「ところでどうだタロウ。その後、竜の因子は」

「そうそうそれそれ。具体的に実感はないんすけど、ゆうべちょっと魔力出せたんす!」


「ほう。真かヴァン」

「恐らく間違いないかと。僕の魔力を使った魔力循環の練習中に、僕の魔力色ではない色が混ざりましたので」

「それは素晴らしい。後は魔力量の回復を待つのみだな」


 アンセム様の食事が済んだ所でロップス殿が近付いて来ました。


「ロップス、昨日はたらふく食べたそうだな」

「は! 申し訳ありません、主を差し置いて欲望の赴くままに貪ってしまいました」


 欲望の赴くまま、って感じでしたね確かに。


「構わぬ。お主らも腹一杯に魔獣を食らうなど、久しくない事だ」

「申し訳ございませぬ」

「とりあえず庵に戻ろう。ヴァンもタロウもついて参れ。今後の話だ」



「ちょっと質問良いっすか?」


 庵に戻って最初の発言がまさかのタロウ。下らない質問はやめて下さいよ。


「なんだ?」

「アンセムさんの、結界の維持できる範囲、ってどれ位なんすか?」

「ふむ。この庵を中心として円状だ。先ほどの広場の端までが外周くらいだな」


 ふむふむと頷いています。


「けっこう広いっすね。最初はこの庵だけかと思ってビビったっす!」

「私の魔力量は、恐らくブラムの半分程度だ。ブラムであれば倍ほどになるはずだな」

「ブラム父ちゃんてやっぱ凄いんすね」

「うむ。ただの魔族風情があそこまでだからな。大した男よ」


 父はあらゆる面で非常識ですからね。


「ところでタロウ。結界の維持できる範囲から出られない訳ではないからな」


「え? そうなんすか?」

「え? そうなんですか?」

「なんだ、ヴァンも知らなかったか」


 誰も教えてくれませんでしたからね。


「出られん訳ではないんだ。ただ物凄く疲れるというだけで。私の場合はこの庵にいる限り、魔力の消費量と回復量の均衡が、やや回復量の方が上回るので、実質の消費はゼロだ」

「昨日、魔術を使われた後、すぐにこちらに戻られたのはそのせいですか」

「そうだ。あの広場くらいまで行くと、消費量の方がやや上回ってしまうからな」

「広場より遠くに行くと……」

「ぐいぐい魔力を持ってかれるな」


 少し沈黙。


「そのまま外にいたら死ぬんすか?」


 タロウが少し怯えながら聞きました。


「死なん。タロウも魔力がゼロでも死なんかっただろうが」

「あ、そうすね」


 ふぃー、と安堵の息を吐くタロウ。


「死なんが、魔力がゼロになれば結界が崩壊する。なので結局は死ぬな」


「ダメすぎー!」

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