17「アイアンクロー再び」

 うーむ、と悩むアンセム様。見た目が五、六歳の子供ですから、悩むそぶりが少しかわいいです。


「何をもって認めるとするか、考えておらんかった。考えるので少し待ってくれ」

「そうすか。簡単なのでおねがっす」


 見た目が子供だからかタロウは物怖じしませんね。この世界で最強レベルのアンセム様相手でも、僕に対してと変わりません。


「色々質問いいっすか?」

「私に答えられる事ならな」


 えーっと、とタロウも悩んでいます。


「そうそう、さっきの話でブラムさんが日本の言葉学んだって言ってたじゃないっすか。やっぱり言葉違うんすよね。なんで会話出来てんすか?」


「ブラムの魔術だ。ブラムがお主の脳に魔術を使わなかったか?」

「んー、あん時かな? こうやって」


 タロウが自分の顔を片手で掴んで見せます。


「ギリギリギリって、アイアンクロー喰らったんすけど」

「恐らくその時だろう。タロウの脳に直接この世界の言葉をすり込み、タロウが喋ればこの世界の言葉となり、タロウが聞いたこの世界の言葉は脳内でそちらの世界の言葉に変換されるのだ。文字も同じだな」


 なるほど。そういう仕組みだったんですね。


「え、じゃぁ俺ってこっちの言葉喋ってんすか?」

「えぇ、最初からそうです。たまに何を言っているのか分からない時がありますが、あれは、こちらには当てはまらない言葉や物だったんですね」


「だからマトンとかマロウとか変な日本語混ざりだったり、魔法の名前があんな『風の刃』みたいなそのまんまな名前なんすか」


 ひとつタロウの悩みが晴れました。僕は言葉については特別に疑問はなかったですけど。


「じゃあさ、俺って魔力あるんすか? 全く感じられないんすけど」

「ん? 感じられないのか? 嘘であろう?」


 どうしましょう。アンセム様の驚いた顔が不穏です。


「この我らの張る結界、五大礎結界は魔力を放出し続ける事で張るんだが……」


 やはり魔力でしたか。四分の一になったとは言え、残された世界全てを覆う結界です。多大な魔力が必要なのは自明ですね。


「本当に自分の魔力が感じられないのか?」

「はい、とんと」


 アンセム様も困っていますね。


「こう、自分の中にある核の様なものをまず想像するのだ。これは想像だから誰でも出来る」

「したっす!」


 目を閉じて集中するタロウ。


「そしてその核の周りを煙の様な何かがゆっくりと回るのをさらに想像してみよ」

「したっす!」


「その何かを、頭の中で作った両手で核ごと包み込め」

「包んだっす!」


「よし。そしてゆっくりと、核を包んだままで想像の両手を持ち上げてみるんだ」

「持ち上げたっす!」


 もしやアンセム様の助言で掴みましたか?


「そっと開いてみよ」

「開いたっす!」


「手の中に小さな渦があるだろう」

「ないっす!」


「そう、それが魔力……なに、無いてか?」

「なんもないっす!」


 その後もアンセム様の助言が続き、はぁーっ! とか、ほぁーっ! とかタロウが奇声を発しましたが感じられない様です。


「うーむ、参った。これは魔力ないのじゃなかろうか」

「えー! そんなの困るっすよ! 俺のバラ色のニート生活が!」


 肩を落とすタロウとアンセム様。


「お手上げだ。これはもう魔術でお主を調べるしかなかろうて」

「お、そんな事できるんすか?」


「できる。私を誰だと思うておる。齢千三百、竜族の長アンセムであるぞ」

「最初っからやってくださいっすよ」


「お主、軽いのぉ。千二百七十五歳も年上なのに……」


 呆れるアンセム様。分かります。その気持ち分かります。


「ではタロウ。こちらへ来い」

「おっす!」

「少し痛いが辛抱せよ」


 手頃な大きさの石に立ったアンセム様が片手でタロウの顔を掴みましたが、少し手が小さ過ぎたようです。


「このままではいかんか」


 アンセム様の右手が爬虫類の手の様になり、やや大きく成人男性サイズに変形しました。


「じっとしておれタロウ」

「だってそれ、見た目がちょっと」

「動くと爪が刺さるぞ」


 タロウがじっとしました。硬直に近いです。

 顔を掴んだ右手の甲に、左手の指先にめた魔力で魔術陣を描いていきます。かなり細かく描き込んだ難しい陣です。


「あだだだだだ! ブラム父ちゃんのと同じくらい痛いっす! ちょ、もうちょい優し――」


 タロウの叫び声がぴたっと止みました。あまりの痛みに気を失ってしまった様ですね。


「見えてきたぞ。そのまま静かにじっとしておれ」


 気を失った事にアンセム様は気付いておられないですね。魔術に集中しておられる様です。

 タロウは白目ですが、半眼となったアンセム様の呟きだけが辺りに小さく響き始めました――



◻︎◇◻︎◇◻︎◇◻︎◇◻︎


 ――これがタロウの世界か。昏き世界に浮かぶ青く美しい球体。そしてタロウの住む島、ほぅ、をしておる。


 なるほど、確かにこの島に生きる人族はが大きい。


 ではタロウの内側へ。脳の内側へ。さらに脳細胞の内側へ。深く、深く、潜る、潜る、深く、深く――


◻︎◇◻︎◇◻︎◇◻︎◇◻︎



 しばらくしてアンセム様の呟きが止みました。誰も音を立てません。プックルも大人しく見守っています。


 不意に、ドサっとタロウが崩れ落ちました。気を失っているので人形が倒れたかの様です。

 すみません、急だったんで受け止めてあげられませんでした。


 アンセム様も腰を降ろしました。


「疲れたわ。タロウを起こしてやれ。庵に戻るぞ」


 アンセム様はゆっくりと立ち上がり、庵へと歩きます。

 魔法で水の玉を作り、タロウの頭からザブッと掛けます。冷え冷えの水です。


「……夢っすか。死んだ両親がおいでおいでしてたんすけど」


 それダメなやつじゃないんですか。ここでタロウに死なれたら、この世界はもうどうしようもないんですが。


「タロウ、大丈夫ですか?」

「あ、ヴァンさん。やっぱ夢だったすか」

「アンセム様の魔術は済んだようです。話を伺いに行きましょう」


 タロウに肩を貸して庵に向かいます。すぐそこです。


 庵は小さいので、中に座るアンセム様に向かって外で腰を下ろします。


「結論を言う」

「おす!」


「タロウに魔力はある!」

「よっしゃ!」


「が! 今はない。空っぽだ」

「……なんですと?」

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