16「竜族の長の話」

 やはりタロウの体は異常だと思います。

 最初の父による強制転移の際にもかなりの高さから落下しています。木の枝が若干緩和してくれていたとしても、頭から落ちて体が埋まるほどです。


 今のだってプックルはともかくタロウも土にめり込む程の衝撃なのに、人族が「びっくりしたっすー」で済むとは思えません。


 隘路を進みながら色々考えましたが、タロウが異世界から来た人族、という一点しか理由が思いつきません。という事は今は結論出ませんね。


「異世界から来たからとしか考えられませんね」

「え、何がっすか?」

「タロウが頑丈な件ですよ」

「あ、それっすか」


 すでにタロウは忘れていたようです。自分の体の事なのに興味が薄いですね。


「ちゃんとご飯食べてる人は頑丈なのかと思ったっす」


 そりゃまぁ食べてる方が丈夫でしょうけれど、そんなレベルじゃないと思うんですが。



 だいぶ日が傾いてきました。こんもりとした森が見えて来ましたので、そろそろのはずですね。


「止まれ」


 声と共に二人の竜人族が不意に現れました。ビクッとするタロウ。プックルは気付いていたようですね。


「ヴァンとタロウか?」

「そうです」

『プックルモイル』

「魔獣風情には聞いていない」


 プックルの体がぼんやりと赤く淡く輝いて、その身に魔力を充満させています。プックルって思ったより短気なんですね。


「タロウ、モフモフです!」

「任せろっす!」


  タロウがプックルの首をモフモフ始めました。


『……――タロウ、モットシロ』


 落ち着いたようですね。


「アンセム様にお会いしたい」

「聞いている。通れ」


 木を組んだだけの小さめの門を潜ります。

 そう強くはないですが結界が張られていました。この辺りにいる魔獣程度には破られないくらいの強度ですね。

 ここからはタロウもプックルから降りて、プックルと並んで歩きます。失礼ですからね。


 前に来た時には結界も門もありませんでした。南門の通行許可の件と併せて面倒になりましたね。しかし人族が来るくらいでわざわざ結界まで張るでしょうか。


「アンセム様の下へ案内する。ついて参れ」


 竜人族の一人が案内してくれるようです。何度も来ていますので案内なんか要りませんが。


「何度も来ていますので場所は分かりますよ」

「長年あの門を護っているが、貴様なんぞ知らん」

「僕が前に来たのは十五年ほど前です。その時にはあの門も、この結界もありませんでした」


「……貴様、歳はいくつだ?」

「八十二です」


 少し沈黙。


「それは失礼した。十七歳くらいかと思っていた」

「ちなみに貴方は?」

「十五歳だ」


「若すぎー!」


 僕も三十歳くらいかと思っていました。竜人族は歳が分かりにくいですね。見た目がトカゲなんで。


「門と結界ができて五年。十二歳で大人となってからはあの門を護っている」

「門と結界はどうしたんです? 何かあったんですか?」


「……アンセム様にお尋ね下され」


 なんでしょう。言いにくい事なんでしょうか。


「あの庵にいらっしゃる。失礼の無いようにな」

 竜人族の若者が前方の小さな庵を手で示して言いました。


「ねぇねぇ、ヴァンさん。あの家めっちゃ小さくないっすか?」

「アンセム様は昔からあの庵にお住まいですね。贅沢に興味の無い方ですから」


 庵の外で声をかけます。

「アンセム様、ご無沙汰しております。ブラムの子、ヴァンです」


 庵からアンセム様が姿を見せました。

「久しいなヴァンよ。元気そうで何よりだ」


 タロウ、キョロキョロしないで下さい。みっともないですよ。


「ねぇヴァンさん、アンセムさんどこっすか?」

「目の前にいらっしゃるじゃないですか」

「目の前って、子供じゃないっすか」


 少し沈黙。


「あれ、言ってませんでした?」

「またっすかヴァンさん。たぶん聞いてないっす」

「それは失礼しました。見た目は人族の子供ですが、こちらがアンセム様です」


「子供すぎー!」


 そうですね。五、六歳くらいの人族の子供に見えます。


「これが異世界の引きこもり、タロウだな。ファネルの後釜の生け贄の」


 久しぶりに聞いた『生け贄』の単語にビクッとするタロウ。しかしタロウはそんな事でめげません。


「はい! 新しい生け贄の京野太郎っす! よろしくっす!」

「前向きな生け贄であるな」


 アンセム様も呆れていらっしゃいます。


「それでアンセム様。父からアンセム様に説明を聞けと言われているんですが」

「うむ。少し長くなる。腰を下ろそう」


 庵から少し離れた広場へ移動しました。




◻︎◇◻︎◇◻︎◇◻︎◇◻︎

 我ら五英雄と呼ばれる者達は、結界を通して意思の疎通が取れるのでな。ちゃんとブラムから聞いておる。


 まず、ファネルの寿命が尽きかけている事は聞いておろう。

 今から十年ほど前、いち早くそれに気付いたブラムが魔術を駆使し、この世界でファネルの後釜を探したんだが見つからず、さらに新たな魔術を開発、異世界へも探査の網を拡げたのだ。

 

 そして見つけたのがタロウの居る世界。

 中でもタロウの住む島の者は魔力量がみな多かったそうだ。これが大体五年ほど前。


 この後の五年はその世界の中での探査。併せてその世界の事と言葉を学んだと言っていた。


「ちょっと良いすか?」


 うむ。


「俺の島、って日本の人間はみんな魔力量多いんすか?」


 そう聞いている。


「なんで俺だったんですか?」


 これからその説明だ。

 タロウの言う通り、魔力量的にはタロウの住む島の

 だが、あれでブラムは優しい所があるのでな。

 こちらの世界に連れて来られても悲しむ人の少ない者で、さらにこの世界で生け贄にされても堪えなさそうな者を探すのに五年掛けたそうだ。


「うーん、悲しいかな当てはまるっすなー俺」


 うむ、ブラムの人選は正しかったようだな。

 そしてこれからの事だが、まずお主はファネルを除く四人、私を除いてあと三人に会わねばならん。結界を維持する為には我らとの繋がりが足らんのだ。


 すなわち皆に会い、認められれば良い。


「なるほどです。五英雄の皆様に会い認められる必要があると。会えば認められるのでしょうか?」


 いや、それは分からぬ。皆それぞれが、共に結界を維持する相手に足る、と思える事が大事なのだそうだ。

 そして大事なのは、ファネルの寿命はおそらく一年ほど。それまでに皆に認められねばならないという事だ。


◻︎◇◻︎◇◻︎◇◻︎◇◻︎



 アンセム様の長い語りが終わり、そして少しの沈黙。


 一年ですか。

 思っていたよりは長いです。この残された世界は小さいですからね。プックルが居ますし、旅の日数的には問題なさそうです。


「そんでアンセムさんは認めてくれるんすか?」


 ズバリ聞きますねタロウ。

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