15「ダメチガウ、モットシロ」
「そんな時間はない!」
「だからって、ど突かなくても……」
街長が涙目です。いえ、完全に泣いていますね。
「引退されたとは言えあなたはこの街で最強の騎士。もっと手加減して頂かないと死んでしまいます」
「貴様はこの街のトップだ。もっと落ち着いて貰わんと困るのだ」
どちらの言い分も分からなくはないです。どちらも正論です。
「街長様、我々みたいな者に歓迎会は不要です。そして時間がないのも確かです。父の言い付けで、急ぎアンセム様の所へ伺わなければなりません」
「そうですか……それは誠に残念です……」
とてもしょんぼりされてしまいました。どれほどやりたかったんですか、歓迎会。
「街を上げての歓迎会は諦めました。しかし、アンセム様の下へ向かうのは今日は無理です。ですので今夜はささやかながら食事会でも――」
「なに? 今日は無理なのか?」
「はい。皆さま勘違いされておりますが、南門は私の許可で通れる訳ではないのです」
「誰の許可がいるのだ」
「もちろんアンセム様の許可です。アンセム様へ使いを出しお伺いを立てます。そして使いが帰ってきてお許しが頂ければ、ようやくの開門となります。ですので今夜は食事会、そしてブラム様のお話をお聞きしたく――」
「街長、構わんとの仰せだ。その者らを通して良い」
唐突に響いた精悍な声。僕とした事が気付かなかったです。相当な使い手ですね。
「竜キター! …………竜? デカいトカゲ?」
タロウがいきなり叫びました。叫んだのはともかく、いきなり失礼な事を言っています。
「貴様……アンセム様の客でなければこの場で即殺すところだ」
彼は竜人族、竜と人の血が入っている様ですね。
人の様な体型ながら皮膚には鱗が覆っていて、確かに二足歩行のトカゲの様ではありますが。ちなみに服装は革の軽そうな鎧、つまりちゃんと服を着ています。
「これは使者殿。いつの間に部屋に入られたか分かりませんでした」
街長は面識がある様ですね。
「最初から居た。天井に貼り付いておったのだ」
「やっぱトカ――げふん」
空気を読まない者もヴァン先生は容赦しません。何が、げふん、ですか。
頭を押さえてのたうち回るタロウは放っておきましょう。
「そちらのメガネがブラムの子ヴァン、のたうち回るバカが異世界人タロウだな」
「はい」
「主アンセムがお呼びである。疾く参れ、との事」
「承りました」
「確かに伝えた。では」
消えました。実は開いたままになっていた窓から外に出ただけなんですが、相当な速さです。
「消えたっす! ニンジャ! ニンジャナンデ!? トカゲニンジ――げふん」
うるさいですよタロウ。
「プックルを連れて来ておいて正解だったな」
「本当です。パンチョ兄ちゃ――パンチョ様のお陰です」
「あの〜、今夜の食事会は……」
「なしだ!」
こっそりパンチョ兄ちゃんに聞いたんですが、世間では「五英雄の誰推し?」という話題があるそうです。
パンチョ兄ちゃんはもちろんファネル様推し、街長様はブラム推しだそうです。そんな話題がある事も知りませんでしたが、アンセムの街の街長はアンセム様推しでなくて良いんでしょうか。
「ではヴァンにタロウ、我はひと足先にファネル様の下に向かう。サバスには言うておくのでいつでもウチに泊まれ。気をつけてな」
「パンチョ様もお気をつけて」
「パンチョ爺ちゃん無理すんなっす」
僕らの言葉に力強く頷いたパンチョ兄ちゃんは、プックルに向き直って言いました。
「プックル、タロウの事を頼んだぞ」
『任セロ』
プックルに僕らの荷物を載せてもプックルは平気そうです。力持ちですね。
パンチョ兄ちゃんと街長様に見送られて南門を潜ります。何だかんだで時間がかかってしまいました。
「タロウ、プックル、日が暮れる前には着きたいです。すみませんが急ぎます。なんとか頑張ってついてきてください」
『ヴァン、プックル舐メルナ』
「そうだそうだ! プックルを舐めるなっす!」
「では行きますよ」
一気に速度を上げました。昼前に街道を走った速さのだいたい倍くらいでしょうか。恐らくプックルなら充分着いて来られるかと思いますが、少し不安ですから走りながらちらりと後ろを振り返ります。
「ちょーっ! 速っ! 速すぎっす!」
やはりプックルは大丈夫そうですが、タロウが駄目そうですね。少し速度を落としますか。
『タロウ、目、アケル』
「無理無理無理! 怖すぎ!」
『プックル、信ジロ』
「タロウ! パンチョ兄ちゃんも言っていましたよ! プックルに体を委ねろと!」
「そんな事言ったって……」
タロウが必死にしがみつくプックルの首を両手でモフモフし始めました。プックルは馬でなく山羊の魔獣ですからね。毛足は長めです。
『タロウ、クスグッタイ』
「ダメっすか? なんか落ち着くんすけど」
『ダメチガウ、モットシロ』
「これでどうだー!」
『ウヒヒヒヒヒ!』
「俺も楽しーっす!」
なんだか変な一人と一頭ですが、異常に速いです。ヤバい追い付かれそうです。もう少し速度を上げましょう。
これは想像していたより断然速いです。
『ウヒヒヒヒヒヒヒヒ!』
「モフモフモフモフ気持ちイーーっす! 速ぇーっす! 楽しーっす!」
ただし、変態に追われる僕、にしか見えないでしょうねコレ。
もう少しで山道に差し掛かります。早くも道のりの半分まで来ました。この速度で山道は厳しいので、早目に少しずつ速度を落としていきます。
が、後ろの変態どもが速度を落としません。
何やってるんですかあなた達。付いて来いって言ったでしょ。
こら、追い越すな、ちょ、危な――
ドフン、という鈍い音と共に砂埃が舞いました。言わんこっちゃない。
この先は登りになるのと共に、谷間の狭隘な道となるのです。ここからはゆっくり進まざるを得ないのでここまで急いだんですよ。
谷の側面に綺麗に突っ込んでいますね、二人とも。けれど逆に崖だったら間違いなく死んでますからね、良かった良かった。
プックルとタロウをそれぞれ引っこ抜いてそっと寝かせます。それぞれ目を回していますが、間を空けず目を覚ますでしょう。
『ビックリシタ』
「びっくりしたっすー」
あ、二人とも起きましたね。あんな速度で突っ込んだ割には元気そうです。
楽しいのは分かりましたけど調子に乗りすぎですよ、と軽めに説教です。谷でなく崖だったらぜったいに死んでいた、とも伝えます。
谷に突っ込んだのはともかく、非常に速い速度でここまでこれた事は間違いないので、それはそれで褒めます。飴と鞭です。
「さて、ここからは隘路が続きますのでモフモフ厳禁です。ゆっくり進みますよ。よろしいですか?」
「よろしいです」
『ヨロシイデス』
うむ、よろしい。
「あ、ところでタロウ」
「なんすかヴァンさん」
「あなた、人族にしては丈夫過ぎませんか?」
少し沈黙。
「そうなんすよ。俺もこっち来てから、なんか変だなーって思ってたんす。けど、ご飯ちゃんと食べてるからかなーって」
そういうものでしょうか。
いや、きっとそんな事ないと思うんですが。
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