11「面倒な騎士」
「――貴様ら何者か!? どこから来てどこへ行く!?」
「我々はペリメ村の者で、アンセムの街へ向かっています」
「なに? ペリメ村だと? なぜ街道を通らぬ?」
「単純に急いでいるからです。それが何か?」
「むぅ――マトンどころかマロウも棲むあの森をわざわざ……怪しい奴どもめ」
なんだかとても面倒そうな人です。鎧兜で顔が分かりませんが、兜から覗く鋭い目つきが只者ではなさそうです。
「マロウが棲んでいるのは忘れていたんです。それに襲われはしましたが撃退しましたし」
「そうだそうだ!」
タロウ、あなたは黙ってなさい。
「襲われて撃退しただと? マトンにか? マロウにか?」
「両方です」
「嘘も大概にせぃ! お主らの様な軟弱そうな者らが、マトンはともかくマロウまで倒せる訳がなかろう!」
面倒ですね。速やかに殴り倒して立ち去りたいです。殴りませんけど。
「我は
ファネルの一番弟子? パンチョ? 歳をとると物忘れが……
「――ぶふっ! パンチョて! だはははは! もしかして苗字は――あ、苗字ないんだっけ? ひぃーっだははははは!」
ちょっ、タロウ、どうしたんですか。兜で分かりませんが絶対血管ぴくぴくしてそうですよ。
「――そこの小僧。素っ首叩っ斬ってやる」
馬上にて長剣を抜く鎧の騎士。これはさすがにやばいんじゃないですか。
……あ、パンチョでファネルの一番弟子……
「もしかしてパンチョ兄ちゃんですか?」
右手に長剣を掲げた騎士の動きが止まります。
「パンチョ兄ちゃんだと?」
「やっぱりそうだ。僕ですよ僕。ペリメ村のヴァンです。ブラムの子の」
パンチョ兄ちゃんも何か考えています。確か僕より五つくらい歳上だったので八十五を過ぎたところですものね。思い出すのに時間がかかるんです。お互い歳を取りましたね。
「確かに我をパンチョ兄ちゃんと呼んだヴァンという子供の記憶はある。しかし七十年ほども昔の話。どうみてもお主は二十歳前後。我を謀るのもいい加減にせよ!」
ちょっ、本気ですかこの爺さん。言い切ると共に長剣を僕に向かって振り下ろしました。
ガギン、という音とともに魔力で作った障壁に阻まれ空中に留まる長剣。本気で切り掛かりましたね。
聞き分けのない老人にもヴァン先生は容赦しません。
「ぐぬ、離せ小僧!」
とりあえず、殴ります。
「ぐべぁぁぁ!」
捕らえた長剣をそのままに、飛び上がって兜の上からブン殴りました。
馬の上から吹き飛ぶパンチョ兄ちゃん。馬から落ちて、少し滑って…………、今止まりましたね。ちなみに兜は砕け散りました。
「ボケましたか? 僕はあなたをパンチョ兄ちゃんと呼んだ、間違いなくあの時の子供です」
頭を振って起き上がるパンチョ兄ちゃん。良かった生きていました。
「あぁぁ痛い――老人を思い切り殴りおって。しかしおかげで思い出したわ。ブラムの子ヴァン、そう言えばダンピールであったな」
「お久しぶりです。パンチョ兄ちゃん」
立ち上がり、ふらつく事もなく歩み寄り、僕の肩に手を置くパンチョ兄ちゃん。
「久しいなヴァンよ。それにしても、あの男はなんなんだ?」
なんなんでしょうね、この人。
タロウは地面に
「ひー! 兜の中身が……まじパンチョ! 殺す気かぁだははははは!」
パンチョ兄ちゃんの丸顔がピクピクしています。
白目を向いたタロウをパンチョ兄ちゃんの馬に乗せて並んで歩きます。
少し手刀が強すぎたかタロウが目を覚ます気配がありません。まぁ自業自得です。放っておきましょう。
「ヴァンよ、お主は若々しくて羨ましいのぉ」
パンチョ兄ちゃんも九十前には見えませんよ。
「こればっかりは僕にもどうしようもないですしね。老けたくても老けませんから」
「そうさな。つまらん事を言った。許せ」
パンチョ兄ちゃんはかつて、昏き世界から来た神との戦いの際、勇者ファネルに弟子入りを志願するため勇者パーティを追って旅をしていました。
旅の最中にペリメ村へ立ち寄った際に、我が家に数日逗留したことが知り合ったきっかけです。懐かしいですね。
「母上は息災か?」
「母は人族ですからね。三十年ほど前に亡くなりました」
「そうか……それもそうだな。本当に美しい人だった」
「ところでパンチョ兄ちゃんは――」
「すまぬがヴァン、パンチョ兄ちゃんは止めよ。お主は見た目がそんなだから違和感ないが、我は九十近い爺いだ」
「これは失礼しました。仰る通りですね」
普通の爺いは問答無用で斬りかかったりしませんけどね。
「すまぬな、助かる」
「ではパンチョ様、あの後ペリメ村を離れてから、無事にファネル様に弟子入り出来たんですね」
少しの沈黙。
「ん〜〜出来たのかの〜」
「え? 先ほど一番弟子と名乗られましたが……」
首を捻りまくるパンチョ兄ちゃん。
「いや、確かに無事に追いついて弟子入りもした。ファネル様も認めて下された」
「でしたら出来たんじゃないですか?」
「それがな。今で言うタイタニア領の小さな町で追いついたんだが、ファネル様ってほれ、案外アレだろ?」
「お気楽極楽」
「そう。気軽に『良いよ。じゃあ試験ね』と仰られ、木の棒で十合ほど打ち合って、『合格! 君が弟子一号! そしてもう君に教える事はない!』と」
「ファネル様らしいですね」
そう、ファネル様はそんな感じでした。気さくではありますがどこか適当と言うか掴み所のない方です。
割りとざっくりした性格の父と気が合った様で我が家に長らくお泊まりになられる事もあり、僕も小さい頃は可愛がって頂きました。
「その後、少ししてから世界が弾けて今の形になった。ファネル領の屋敷にも何度か行ったんだが、『昏き世界から来た神はもう居ないんだし。君に教える事はもうないし』と仰られるので何も教わってはおらんのだ」
苦労していますね。
「ヴァンたちは森を抜けてまで急いでいたのは、何か理由があるのか?」
パンチョ兄ちゃんに説明しない訳にはいきませんね。なんと言っても一番弟子です。
………………
「――なんと! ファネル様の寿命が!?」
「ですので父の指示通りにアンセム様の所を目指し急いでいるのです」
「……そうか。確かに我もそろそろお迎えが来てもおかしくない歳。勇者ファネル様といえども寿命には勝てぬか」
空を見上げ何かを考えるパンチョ兄ちゃん。
「こうしてはおれぬ。とにかくアンセムの街まで急ごう。幸いもうすぐ街道だ」
仰る通りに街道が見えて来たところ、さらにパンチョ兄ちゃんが続けて言ったんです。
「おい、タロウとか言う小僧! 起きているのは分かっているぞ!」
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