10「タロウの才能」

 タロウからの魔力の直撃を受けたマロウ達が、伏せた僕の背の上を吹き飛ばされていきました。


 単純に魔力で殴られただけなので五頭とも大きなダメージは無いようですが、くみやすいと見ていたタロウの意外な反撃を受けて動揺しているようです。


 立ち上がってタロウと同じ要領で魔力を飛ばします。タロウのそれよりも鋭く力強く飛ばした僕の魔力は、マロウの頭をひとつ弾け飛ばしました。


 残った四頭のマロウ達にさらに動揺が広がります。これで決まりでしょうか。冷静になった魔獣は勝てない戦いには挑まないものです。


 四頭が一斉に一目散に逃げ散りました。

 なんとかなりましたね。


「タロウ、お疲れ様でした。大活躍でしたね」


 タロウは僕の声を聞いてようやく、安堵の表情を浮かべて、ドサッと腰を下ろしました。


「なんとかなったっすね」


 達成感からか良い表情をしています。


「タロウのお陰です」

「ほとんどヴァンさんが倒してますやん。俺は一匹だけ」

「その一頭が大事な状況でした。作戦といい、間違いなくタロウのお陰ですよ」


 頬をポリポリと掻いて何か考えているようです。


「そっすか? 俺調子乗っちゃうっすよ?」

「借り物の魔力だという事は忘れてはいけませんが」

「あちゃー。言われたっす」


 タロウの作戦はこうでした。

『足手まといの自分は自分で自分の身を守るっす。だから魔力貸してください』


 結果は予想以上。こんなに上手く行くとは思いませんでした。

 多めに移した魔力を霧散させずに循環させ、いざという時に風の刃を生み出して自分の体の周りを旋回させて障壁とする。

 言うのは簡単ですが、自分の魔力を感じる事さえ出来ない者ができる事ではありません。

 魔力操作に限って言えばやはり相当な才能と言えるでしょう。


「さぁ、夜明けまでまだありますのでタロウはもう少し寝て下さい」

「ヴァンさんは?」


「マロウの死体の処理をしなければなりません」

「手伝うっす! 寝れそうにないっす!」

「いえ、寝て下さい。興奮で眠れないかもしれませんが、横になって下さい。朝食を摂ったら出発ですから」


「今回の事は僕の失敗ですからね。マロウの縄張りの近くで、あんな夕食を作れば襲われて当然です」

「あんな夕食?」

「マロウの好物はマトンの肉です。うっかりしていました」


「……ヴァンさんうっかりすぎー!」


 返す言葉もございません。



 ああは言っていましたが、タロウはすっかり眠っているようです。

 マロウの死体を片付けながらタロウについて考えます。どうでも良いですが、タロウとマロウってややこしいですね。本当にどうでも良いですが。


 あれだけ魔力を使いこなすのに自分の魔力が感じられないなんて事があるでしょうか。

 魔力が無いという可能性もないとは言えませんが、それは除外するとすれば、やはり何か原因があるとしか思えません。


 分かりやすい原因は、何か外部からの力が働いているか。

 この場合、怪しいのは父・ブラムです。父しかタロウに接触していませんから。

 他に考えられるのは魔法のない世界から来た異世界人である事が考えられます。しかしその場合、魔力操作ができるものなんでしょうか。


 マロウの死体は片付きましたが、タロウの魔力についての結論は出ませんね。

 ちょうど日も昇りましたし、タロウを起こして朝食にしましょうか。


「はー、やっぱり寝られんかったなー」


 イビキかいてよく寝てましたよ。


「タロウ、ささっと朝食を済ませて出発しましょう。もうマロウは来ないと思いますが、早目に街道まで辿り着いた方が良いでしょう」

「そっすね。まさかとは思いますけど、朝食にマトン焼かないっすよね?」


 返す言葉もございません。


「えぇ、用心して火も使わずに食べられる物だけにしましょう」


 タロウが食事している間にテントや焚き火の跡を片付けます。


「ヴァンさん食べないんすか?」

「僕にとっての食事は趣味みたいな物ですからね。わざわざ保存食を食べようとは思いません」

「ヴァンさんなら俺以上に良いニートになれるっす。ニートの頃はご飯作るのも食べるのもめんどくさくって」


 ニートって引きこもりの事でしたね。ならないですよ、そんなの。


 さぁ、街道まで一気に歩きましょう。


「あ、タロウ」

「なんすかヴァンさん」

「タロウの魔力についてなんですが」

「なんか分かりました?」


 すみません、期待させる言い方でしたね。目が輝いています。


「いえ、さっぱり」

「……そうすか。で、なんすか?」


 そうあからさまに肩を落とさないでくださいよ。


「魔力を感じる練習ですが、あれはしばらくめておきましょう」


 さらに肩を落とすタロウ。


「いえいえ、諦めた訳ではないんです。おそらく何らかの原因があるんだと思うんですが、僕では分からないのでアンセム様に相談してからにしようと思いまして」

「はぁ、なるほど」


「努力の方向性が分からないのに歩きながらすると疲れてしまいますし」

「そうなんすよ。自分でも頑張ってるつもりが実は何やってんのかよくわかんなくて」


 僕も最初から魔力を感じられたクチですしね。上手に導いてあげられなくてすみません。


 練習せずに歩くタロウはキョロキョロしています。

 村を出た日のお昼からずっと練習しながら歩いていましたし、じっくりこの世界の外を見るのは初めてに近いですね。


「ヴァンさん、でかい鳥飛んでるっす!」

「マチョウですね」

「ヴァンさん、あの木にでかいカブト虫いるっす! うわ、でかカブトが小さいカブト食べたっす!」

「マコウチュウですね」

「ヴァンさん、あの木なんすか? りんご? 美味そうな実がなってるっす」

「マナツメですね。魔力回復に良いとされています」


 ヴァンさん、ヴァンさん、ヴァンさん――、さすがに煩わしくなってきました。


「ヴァンさん――」

「またですかタロウ」

「――なんかこっち来るっす」


 進行方向、南を指差すタロウ。


 なんでしょう。黒い大きな馬に乗った人のようですが。僕らが迂回した街道とは逆の方向、アンセムの街の方からです。どうやら僕らの方に向かっているようですね。


「――貴様ら何者か!? どこから来てどこへ行く!?」


 横柄ですね。僕の嫌いなタイプです。

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