9「言い訳させて」
手に入れたマトンの肉を半分使ってマトンステーキです。半分と言ってもけっこうな量になりました。
焼いたマトンは塩だけでも絶品です。レアくらいがちょうど僕の好みですが、ダンピールだからでしょうか? タロウの好みはどうですかね。
「マトン美味すぎー!」
どうやらお好みの様です。塩だけのレアマトンにむしゃぶりついています。
「そう言えばタロウ、あなた食事の量が増えていませんか?」
「そうなんすよ。やっぱ歩いてるからっすかね? いくらでも食べられそうっす」
そうは言っても増えすぎじゃないでしょうか。焼いたマトンのほとんどをタロウが食べています。あんな小さなカシパン二つだった人とは思えませんよ。
「まぁ健康的で良いことっす」
そうですね。きっとそうでしょう。魔獣の肉は魔力の回復にも良いですし。でもお腹壊さないでくださいよ。
「明日の昼頃にはアンセムの街に辿り着けると思います。街で少し寄りたい所もありますし、明日の晩は宿を取って、さらにその翌日は早朝に出発のつもりです」
「ふぁちってほほひひんふか?」
口のもの飲み込んでから喋りなさい。
「そうですね。やはり五英雄の名を冠した街は大きいです。アンセムの街は一万人くらいが住んでいるそうですよ」
「一万人」
「タロウの街はどれくらいですか?」
んー? と首を捻っています。引きこもっていると自分の街のことも疎くなるんでしょうか。
「街は良く分かんないっすね。国だと一億二千万人とか、ちょっと減って一億一千万人だとか、ちょっと増えて一億三千万とかなんかそんなんっす」
「多いですね! タロウの世界は凄そうです」
それだけ多ければよく分からなくなるかもしれません。
「地球全部で六十億人とかだったっす」
チキュウというのは初めて出てきた言葉ですが、きっとニホンという国がある世界の事ですね。もう多過ぎてイメージも湧きません。
「ところでヴァンさん」
「なんでしょう」
「アンセムさんっていう竜の人は魔力に詳しいんすか?」
「長く生きていらっしゃいますからね。僕よりもっと詳しいと思います」
「ヴァンおじーちゃんよりもっとすか?」
おじーちゃんネタはやめなさい。
「比べるのも
「アンセムさんおじーちゃんすぎー!」
少し沈黙。
「千三百ってそれもう訳わかんないすね」
「まぁ確かにそうですね」
「それだけ長生きだったら魔力の感じ方分かりますかね?」
どうでしょう。ご本人は竜族ですから、生まれた時から魔力と共にあるでしょうし。
「分かりませんが、物知りな方でいらっしゃいますのでタロウの様な人の事をご存知かもしれません」
「そうっすね。なんと言っても千三百歳(笑)すもんね」
カッコワライ? なんでしょう?
「さぁ、食べたらとっとと片付けて寝ますよ。急いで食べてください」
「りょ、了解っす!」
おはようございます。
ヴァンです。
まだ全然夜はあけてないんですが、少し油断しました。
いや、とても油断していました。
「タロウ、起きてください」
「……んん、なんすかヴァンさん」
「少し言い訳させてくれませんか?」
「? どうぞっす」
「アンセムの街へ行くのは十五年ぶりくらいなんです」
…………
黙るタロウ。嫌な感じの間を取りますね。
「迷い子すか?」
「迷い子なら良かったんですが。何年か前にペリメ村のター村長が言っていたのを忘れていました」
「ほぅ。……村長はなんと?」
「はい、『アンセムの街の北の森を抜けた所がマロウの縄張りになっている、幸い街道からは離れているので実害は出ていませんが』です」
「マロウと言うのは……」
「狼の魔獣です」
「アンセムの街の北の森を抜けた所とは……」
「ここです」
「状況は……」
「最悪です」
「最悪かい!」
さすがのタロウも小声ですね。察するところがあるんでしょう。
「状況は、簡易テントに入る僕ら二人を、最低でも十五頭のマロウが囲んでいます」
「……じゅうっ……ご!」
「静かに。一対一なら僕の方がマロウより断然強いです。はっきり言って十五頭のマロウより僕の方が強いです。しかし状況が、今は夜、さらに……」
「俺が足手まといなんすね」
タロウはやはり鋭いですね。そして頭も悪くない。基本はバカですけど。
「正直に言ってそうです。良い案はありますか?」
少し考えるタロウ。
「あるっす」
この場面で力強い声音。頼もしいですね。
「教えて下さい」
「こうするっす――」
………………。
「――――それでいきましょう」
「ではタロウ、行きますよ!」
そう声を掛けて僕だけが飛び出します。
出来るだけ目立つように派手に立ち上がり、こちらに向かってくるマロウを火の魔法と光の魔法の、これも派手な魔法を大袈裟に使い一頭ずつ仕留めて行きます。
魔法の連発で明るくなっていく辺り一帯。
タロウは簡易テントの中でマントにくるまっています。派手に魔法を使っているので、まだタロウは狙われていないようです。
正面から向かってくるマロウをあえて、目立ってしょうがない『大火炎球』を使って焼き尽くし、僅かな時間差で向かってくるマロウを『直光線』で撃ち抜きました。
時折、暗闇を利用した『闇の棘』も併用し、マロウに気付かれないうちにその頭数を減らします。
タロウの作戦が功を奏したかに見え、順調にマロウの数を減らせました。残りは六頭。
その時、僕に向かってくるマロウが四頭、もちろん僕はこれに余裕を持って対処できます。
が、しかしその影に隠れて二頭のマロウがタロウに迫ります。
さすがに僕でも六頭のマロウ――僕に向かってくるなら問題ありませんが――タロウにも分かれて向かう六頭に対応するのは難しいです。
「タロウ、二頭いきました――!
――その二頭、任せますよ!」
「おぅっす!」
簡易テントから立ち上がったタロウは全身がほんのり白く輝いています。
「風の刃の障壁っす!」
タロウを中心に舞う風が、多数の鋭い刃となって旋回していきます。
すでにタロウに向かって飛び込んでいたマロウは悲惨な事に、あえなく細切れになっています。
もう一頭のマロウは飛び込む隙間が見つけられずに、タロウを中心に回りながら一定の距離を保っています。
上手くいきましたが一頭残してしまったのはまずいですね。一気に仕留めたい所でしたが、こちらを早く片付けないとタロウが
タロウの状況を思い焦ってしまいます。こちらを襲う四頭のマロウが、時折りタロウを狙うそぶりを見せるのが鬱陶しいです。この四頭は連携も良いです。
どうしてもほんの一瞬、動きが鈍ってしまいます。
不味いですね。ジリ貧です。僕はともかく、風の障壁を張り続けるタロウの限界が近そうです。
その時、タロウが不意に叫びました。
「もーう、無理っす! ヴァンさん伏せて!」
素直に伏せます。
「残りの魔力〜〜、解放!」
その瞬間、タロウから圧縮された魔力が吹き荒れました。
魔法でもなんでも有りません。魔法トレーニングで何度も失敗していた「魔力の霧散」を全力で霧散させただけです。
しかしそのタイミング、破壊力、衝撃の範囲。全てが理想的。
もちろんたまたまでしょうけど。
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