12「喋る山羊」
「バレてたっすか」
迂闊にも僕は気づかなかったです。寝たふりで馬に乗って酔ったりしないんでしょうか。
「気付かんでか。寝たふりで盗み聞きか?」
タロウは馬から降り、顔の前で手を振って言いました。
「いやいや盗み聞きなんて。気がついたら馬に乗ってたんで、歩かずに進めて楽できるなーって」
ニートですからね、タロウは根が怠け者だそうです。
「先ほどは何故あんなに笑っていたんですか?」
「あっちの世界の有名人と名前が一緒で、さらに顔もよく似てたもんで」
思い出したのか、口を押さえて笑うのを堪えているようです。涙目になってますが。どれ程似ているのか僕もお会いしたいです。
パンチョ様は丸顔で、少し白髪が怪しくなってきています。
「ほぉ。有名人とな? 騎士か?」
「いや、たしか野球評論家とかだったっす」
ヤキュウ。久しぶりに分からないですね。
「まぁ、そんな事はどうでも良い」
えぇ、まぁ、確かにどうでも良いですね。
「タロウとやら、この馬を貴様に貸してやる」
「え? くれるんすか?」
「貸してやる、と言ったのだ」
パンチョ兄ちゃんの考えがまだ分かりません。
「うむ。聞けば急ぐ旅と言う。恐らくタロウとやらの足に合わせて歩いておるはず。このプックルがいれば――」
「プックル! ボロンゴでもゲレゲレでもなく、プックルっすか!」
また何かタロウが騒いでいますが、パンチョ兄ちゃんも無視ですね。なんですかゲレゲレって。それ名前なんですか。
「プックルがいれば半分の時間で進めるだろうて。それに、馬、馬と言うてはおるが、プックルはマサンヨウだから山道もへっちゃらであるぞ」
「マサンヨウ?」
「
相当に珍しいです。マサンヨウ自体がとても珍しいですが、人に慣れたマサンヨウとなると世界に一頭しかいないかもしれません。
「プックルも良いな?」
『良イ』
「喋ったっす! 馬が喋ったっすよ!」
さらに魔力による精神感応で会話まで。これは本当に珍しいです。
「パンチョ様、よろしいんですか?」
「お主らが間に合わなかったらどうしようもない。それに老いたとは言え、我ならばファネル様の下へ走って行ける」
「え? パンチョさんも一緒に行くんすか?」
「我は先に行く。アンセムの街で少し準備してからだがな」
という事でアンセムの街まではパンチョ兄ちゃんも同道する様です。
「ところでパンチョ様はあんな所で何をなさっていたんですか?」
「いやなに、マロウが
「さすがファネル様の一番弟子。単騎でマロウ退治ですか」
「ほぼほぼ完全に独学の弟子だがな。それに単騎と言っても我の騎乗はプックルだ、マロウぐらいならなんとでもなる」
『乗レ』
唐突にプックルからの精神感応です。僕ら三人ともの頭に直接呼び掛けている様ですね。
「タロウよ、プックルが乗れと言っておる。乗ってみよ」
俺っすか? という顔で自分に指を向けキョロキョロしています。あなた以外にタロウはいませんよ。
キョロキョロを終えて、タロウが先ほど気を失っていた時の様にプックルの背に腹這いになりました。
少し沈黙。
「舐めておるのか?」
プックルが棹立ちになってタロウを振り落とします。でしょうね。
「ぐあぁ」
「何が、ぐあぁか。プックルもさすがに怒るであろう。ちゃんと乗ってみせよ」
「だって馬なんて乗った事ないっすもん。それに普通は鞍とか足掛けるとこ、
ばたばたと駄々をこねて不満を表現するタロウ。
「そんなもんは知らん。とにかく乗れ。乗りさえすれば、後はプックルに体を委ねれば良いわ」
渋々という体で立ち上がり、プックルによじ登るタロウ。プックルは本当に賢いですね、大人しくジッとしています。
「おぉぉ、高ぇっす」
「そうであろう。山羊とは言え魔獣だからな、普通の馬より少し大きいくらいだ」
『軽イ』
「ちゃんと飯は食っているのか?」
「こっち来てからはちゃんと三食食べさせてもらってるっす」
「若いんだからちゃんと食え若者よ。そら、そろそろ街道だ。少し走るぞ。良いなヴァン?」
「えぇ、問題ありません」
パンチョ兄ちゃんが物凄い速さで走っていきます。これで本当に九十歳近いんですから驚きです。
すぐ後ろをプックル、その少し後ろを僕。タロウはプックルの首を抱く様にしがみついています。目は……、閉じたままですね。
あっという間にアンセムの街が見えてきました。
「ぐはぁ」
パンチョ兄ちゃんが急に止まったのでプックルも止まり、勢いを殺せなかったタロウだけ前に吹き飛ばされました。目を閉じたままだからですよ。
「タロウ、はしゃぐでない」
「なになに? もう着いたんすか?」
ガバっと身を起こしてキョロキョロするタロウ。案外頑丈ですよねこの人。
「まだだ。ここからは歩いて行く。あんな速度で走れば、何か問題が起こったと思われるからな」
「なるほどっす。それにしても脚速いっすねパンチョさん」
顔面が血だらけですよタロウ。本人は気にならないようですが大丈夫なんでしょうか。
「うむ、我はほとんど魔法が使えんのでな。体と剣だけを鍛えたのだ」
「パンチョさんも魔法使えないんすか!?」
少し沈黙。
「……パンチョさんもってタロウ、お主は使えるんであろう? 結界の礎になるんであるから魔力と魔法は必須ではないのか?」
「分かんねっす」
さらに沈黙。
「そうなのかヴァン?」
「えぇ、タロウの魔法の才能には非凡なものがありますが、未だに自分の魔力が掴めないのです。ですが、父が礎にと選んだタロウですのでおそらくは問題ないものと考えています」
「ふむん、そういうものか。まぁ、魔法が使えなければ体を鍛えれば良いわ」
アンセムの街をぐるりと囲む高い塀。その四方、東西南北に開けられた門のうち、北門に向かって街道が真っ直ぐに伸びています。
「ペリメ村とは全然違うっすね」
「村と一緒にされては困る。村は大きくて数百人、こちらは一万を超す人が日々生活しておる。塀の高さは十メーダ、全長は丸一日掛けてもぐるりと回れぬほどの長さよ」
「メーダってなんすか?」
「長さの単位です。タロウは僕より少しだけ背が高いので、1.8メーダと少しですね」
うーん、と空を仰いで何か考えているようです。
「俺、日本じゃ百七十五センチだったんで、だいたい1.05倍っすね。って事は塀は十メートル弱、かな。合ってんのかな計算」
こちらとそちらで若干違うんですね。まぁ、あまり気にしてもしょうがない事です。
「ほれ、早く来い。門番に顔を見せろ」
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