論理と思考

楠木静梨

第1話

 積み重ねが、好きだった。

 運動を積み重ねて体力をつける、勉強を積み重ねテストで高得点を取る。

 そんな、結果を得るための行為が気持ち良かった。

 高校一年生の冬、僕は友人の坂木さかきに誘われ、生まれて初めてゲームセンターという場所に行った。

 騒がしく、金が瞬間的に溶ける、積み重ねとは程遠く刹那的な場所。

 そんな認識なのであまり興味は無かったが、坂木が好きな格闘ゲームの新筐体がようやく導入されたらしく、対戦相手を欲しているとのことだったから、付き合いとしてだ。

「暇そうな顔すんなよ。多分お前好きだぜ? 今日は俺が金出すからさ、まあ楽しんでくれよ」

 とは言うが、坂木はいち早く僕を打ちのめしたいと、隠しきれていない表情で語る。

 ゲームセンターに到着すると、早速目当ての筐体に陣取り、コインを投入しゲームを始めた。

 僕の選択したキャラはエリオスという、一撃一撃は弱いが、動きの速い青年。

 坂木に勧められた通りに選んだだけであったが、結果としては正しい判断だったと思う。

 先ずは三戦、手も足も出ずに僕は負けた。

 そして四戦目の最後、ようやく一ラウンド取る事に成功し、それ以降は勝ったり負けたりの繰り返し。

「お前、このゲームやった事あったりする?」

 勝ち数で僕がまさった頃、筐体越しに坂木から問われる。

「いや、初めてだよ」

「それでコレかよ…………自信無くすわ」

「もうやめる?」

「煽るねぇ。よし、もっかい勝負じゃ」

 煽ったつもりなどなかったが、僕の言葉は坂木の闘志に火を付けたらしい。

 そして僕の心でも、小さく何か燻り始めた。

 このゲームの仕組み、勝ち方は理解出来た。

 自分のキャラが使う技を理解して、相手の技を理解して、なるべく自分が有利になるタイミングでレバーとボダンを操る。

 つまりは、より理解を積み重ねた方が勝つゲーム。

「そろそろ腹減って来たな。メシ行こ」

「ん…………ああ、分かった」

 いつの間にかゲームに没頭し、気づけば時刻は二十一時。

 僕らはすっかり温まった席を離れると、行きつけのラーメン屋へ。

 安く、早く、空いている上にまあ不味くはない。

 そんなラーメンを食べながら、先程まで没頭していたゲームの感想会を始める。

「どうだった? また行く?」

「うん。確かに、僕の得意だったよ」

「だと思った。キャラもエリオスだべ? コンボも覚えてたじゃん」

「コンボって、何?」

「お前、知らないでやってたのかよ」

 僕の無知に呆れてか、坂木は大きなため息を漏らす。

 坂木、お前が今回誘った人間は、それ程に初心者だと知っていただろう。

 少なくとも、僕は先んじて告げた筈だ。

「コンボってのは、つまり攻撃繋げてさ、相手に反撃させないでダメージ入れてくやつ」

「ああ、あれコンボって言うんだ」

「そう。好きだろそういうの?」

「うん。気に入った」

「良いね、そう来なくっちゃ」

 と、その日から僕と坂木はゲームセンターに通い詰めることに。

 坂木は色々なキャラを使う。

 だから全キャラクターのモーションを覚えるのに、それ程時間はいらなかった。


 見て、考えて、動かして、理解して、対策して、実践。

 その繰り返しを積み重ねる日々。

 目の前の六十フレームに食い入り、次第に他を疎かにしている自覚が湧き始める。

 最初こそ、他の積み重ねを無駄にはしたくないと理性で考えていたが、坂木以外と戦ってみて、キャラ性能とはまた別に積み重ねられると知った日、僕の没頭はより深まった。

 

 僕は、一人でもゲームセンターへ通った。

 幸い、オンラインマッチを使えば相手には困らない。

 

 見て、考えて、動かして、理解して、対策して、実践。

 見て、考えて、動かして、理解して、対策して、実践。

 見て、考えて、動かして、理解して、対策して、実践。

 見て、考えて、動かして、理解して、対策して、実践。

 見て、考えて、動かして、理解して、対策して、実践。

 見て、考えて、動かして、理解して、対策して、実践。

 見て、考えて、動かして、理解して、対策して、実践。


「実は、今日大会あるんだけど」

 変わらず積み重ねを続けていたある日、急に坂木が言った。

 僕は外面で坂木を打ちのめす手は止めずに、耳を向ける。

「この後、隣町のゲーセンでさ」

「見に行きたいの?」

「いやあ、それがさ――――出る」

「頑張って」

「あと俺さ、お前も勝手にエントリーさせといたんだよね」

「へえ――――何て?」

「一緒に出ようぜ、相棒」

 唖然とした一瞬、坂木の放った攻撃への対応が間に合わず、一ラウンドを取られた。

 画面切り替えの内に深呼吸をして、数秒画面に集中。

 K.O.の文字が表示された瞬間、席を立った。

「行こう」

「今のってお前、二十七連撃…………それは、お前…………」

「行かないの?」

「い、行くやい!」

 少し前の僕と同じように、唖然とする坂木に声を掛け、移動を開始。

 

 そこは、僕が普段通うゲームセンターとは天と地程の差がある活気に満ちていた。

 

「いやあ、テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるなぁ~」

「何言ってんの、受付は?」

「向こう」

 簡単な手続きを済ませると、僕は指示された筐体の前に座り、対戦相手を待った。

「いやあお待たせ。やろうか」

 そう言いながら現れた、色男気取りのキザ。

 一人目の相手、はぴエネ。

「よろしく」

「ええ、よろしくお願いします」

 大衆の目が気になるが、騒がしさは元々が煩いゲームセンター。

 集中するのに、支障はない。

 ただ普段積み重ねた結果を、行えば良い。

 反応、反射、音速、高速――――対戦が始まると、攻撃を放つ手は普段と何ら変わらぬ具合だった。

 結果、先取二ラウンド、ストレート勝ち。

 はぴエネは、とぼとぼと移動して行った。

 

「今さっき、貴方のお友達とやりましたよ。今回が大会初めてなんですってね」

「ええ」

「二回戦で私が相手だなんて、運がない」

 大物を気取る、僕より少し若い女。

 二人目、ジェネシス。

 結果、先取二ラウンド、ストレート勝ち。

 ジェネシスは、とぼとぼと移動して行った。

 

「すいませんね、私の様な爺さんが相手で」

「いえ。よろしくお願いします」

 腰の曲がった、八十代程に見える老男。

 三人目の相手、打狂老人卍。

 結果、二ラウンド目を取られるも続く三ラウンド目で勝ち。

 打狂老人卍はとぼとぼと移動して行った。


「おやぁ? お前、見覚えがあるぞ」

「座れ」

「おう!」

 テンションが高い男子高校生。

 四人目、寿限無寿限無ごぼうの擦り切れ。

 というか坂木。

 結果、先取二ラウンド、ストレート勝ち。

 坂木は覚えてろよと、捨て台詞を吐きながら移動して行った。


「よろしくお願いします」

「ええ、よろしくお願いします」

 もさっとして、冴えない男。

 五人目の相手、ぽろ。

 結果、先取二ラウンド、ストレート勝ち。

 

 ぽろは、その場から動かず、しくしくと泣き始めた。

 今の対戦で最後なので、移動は必要ないが、場の空気が白ける。

 折角盛り上がった空気が、どうにも居た堪れないものになる。


 観戦していた大衆の中にはヤジを飛ばすものも居たが、僕にそんな気は起らない。

 むしろ、共感すら出来た。


 このぽろという男は、きっと僕の未来の僕だ。

 今のままゲームだけを積み重ね、他を捨てて育った未来の僕が、目の前にいる。


 僕は席を立つと、司会進行の男から、優勝記念にギフトカードを受け取り。

 この先にある危うさに気づかせてくれてありがとうと、ぽろに心の中で礼を。

 

 その後は坂木と不味くないラーメンを食べて、家に帰り、いつぶりかに自主的な運動と勉強をした。


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