召しませ神様転生2

製本業者

天使について

以下は、「ニコポ」「なでポ」の特典選択において覚者たちが逡巡するやり取りを追加し、転生後にタイ文化の影響で「なでポ」が無力化され、残念に思うシーンを盛り込んだ修正版です。


「知らない……」


気がつくと、白い世界に立っていた。どこまでも白い空間。まるで塗りつぶされたキャンバスの中にいるようだ。「となれば、これはあの台詞を言っておかねば」と、使命感にも似た何かに突き動かされつぶやこうとした、そのとき――。


「気がついたようだな」


威厳と荘厳さを兼ね備えた声が響いた。声というより、直接心に語りかけられているような感覚。そこで初めて、自分の発言が途中で遮られたことに気づく。


「……見事に遮られましたね。orz」


目の前には、痩せても太ってもいない、整った顔立ちの存在が立っていた。男性的というより、中性的、いや性別すら超越したような不思議な印象だ。まるでギリシャ神話の神話画から抜け出してきた彫像のように、柔らかな光沢を持つ布を身にまとっている。


「さて、ここはどこか、という質問をしたい気持ちはわかるが……その前に、君に一つだけ尋ねたい。君は、ここに来る前のことを覚えているかな?」


声は心に直接響くような感覚だった。まさか、この人(?)が……?


「ひょっとして、俺って死ん……」


「言わずともよい。その通りだ」


神妙な面持ちで断言される。予感が的中した瞬間だった。


「では、君の疑問に答えよう。私は君たちの言うところの『神』ではない。だが、君の世界では『覚者』と呼ばれている」


「覚者……? なんだか仏教っぽい響きですね」


「その通り。覚者とは、『目覚めた者』という意味だ。私が神そのものではないが、君の理解の範疇では神的存在と考えてよいだろう」


つまり、「神様みたいな存在」ってことか。そう思った瞬間、覚者らしき人物の後ろからもう一人現れた。こちらもまた中性的だが、どこか女性的な印象を強く感じる。


「私は覚有情と申します。覚者様が神のような存在であれば、私はそれを補佐する存在、といったところでしょうか」


「えーと、じゃああなたは……天使的な感じ? それとも……マリア様みたいなものでしょうか?」


「マリア様……そうですね。そのようにお考えいただいても構いません。もしくはミネルバ、アテナのような存在と思っていただいても結構です」


「マリア様みたいな存在……略して『マリみた』ですね」


「いえ、それはまったく違います。根本的に」


淡々と否定される。が、冗談めかしたやり取りのおかげで、少しだけ緊張がほぐれた。


「転生と言えば、特典ですよね? 何か特別な能力とかもらえるんでしょうか?」


「特典という発想自体が本来異端なのだが……まあ、今回は特例だ。一つだけなら許可しよう」


「え、一つだけ!? ……じゃあ、これで決まりです。『なでポ』と『ニコポ』のセットでお願いします!」


「……セット、だと?」


覚者と覚有情は顔を見合わせ、わずかに逡巡する気配を見せた。覚者が静かに口を開く。


「『ニコポ』――微笑むだけで相手の好意を得る能力。これは極めて危険だ。その効力は、人の意思を奪い、心を操る術にも等しい」


「えっ、でも、ギャルゲーでは王道じゃないですか?」


「ギャルゲーか何かは知らないが、それはお前の世界の物語の中だけだ。現実に適用すれば、それは洗脳に等しいものとなる」


「なら、『ニコポ』を削って、『なでポ』だけでも……!」


覚有情がため息をつきつつ、覚者を一瞥する。


「『なでポ』――頭を撫でることで相手の好意を得るスキルですか。……まあ、これなら、直接的な意思の介入にはならないでしょう」


「むしろ、撫でるという行為自体がある程度の信頼関係を前提にしているからな。許容範囲だろう」


「やった! それでお願いします!」


覚者はわずかに微笑んで頷いた。


「よかろう。では、『なでポ』を特典として認めよう。ただし、その効果が全ての場で発揮されるとは限らぬことを肝に銘じておけ」


そして


「……日本じゃない、位なら良かったのに……」


転生した世界はギャルゲー風の舞台ではあったが、文化が日本とは異なっていた。


「どうでもいいけど、あっち行ってくれないかい。ボクは、そこのプラーと話があるんだよ」

「そうです。ファーはこれからお兄ちゃんとデートしなければなりません」


超可愛い妹とツンデレ眼鏡の幼なじみ……そんな素敵な彼女たちに囲まれる主人公

 ……の友達。それが今の俺。


しかし何よりショックだったのは――。


「おい、何してるんだ?」


クラスメートらしき男が、俺が手を伸ばした瞬間に驚いた声を上げた。


「いや、その、ちょっと頭を撫でようかと……」


「頭を撫でるだと?

冗談だろう。むやみに触れるなんて、絶対に許されないぞ!」


「……」


そうだった。タイ文化では、頭は神聖視され、簡単に触れてはいけない部位。つまり――。


「なでポ、使えないじゃん……」


特典として胸を張って選んだスキルが、まったく意味を成さないこの状況に、俺は静かに項垂れるしかなかった。


「……あの覚者、絶対知ってて言わなかっただろ」


文化的な制約で無力化された特典を前に、俺は異世界転生にして早くも残念感に苛まれる日々を過ごす羽目になったのだった。

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