第6話

 木曜日はまだ続く。その日の放課後。

 帰路についていた俺は、自宅に到着するまでに高橋との通話の内容を考えていた。厳密に言えば、初めての女の子との通話を前にして緊張していた。どういう感じで何を話せばいいんだろう。何一つ分からん。

 状況を整理しよう。俺が電話をするのは高橋に作戦の進捗を伝える為、そしてシンプルに高橋のことが心配だからだ。相手はあの高橋だぞ? 何を緊張することがあろうか。

 もし高橋の親が出たら、高橋を呼んでもらう。もしくは手紙を渡しに行くとでも言って住所を聞けばいいだろう。本人が出たら、通話で済ませてしまうだろうけど。まぁ、そんなに身構えず気楽に電話しよう。

 家に着いた。両親は共働きで、まだ家に帰らない。俺はリビングで冷蔵庫の中身を漁った。お菓子が何もないので諦めて、ペットボトルのお茶だけ持って大人しく二階の自室に向かう。

 俺の部屋に着いたので、ここでようやくスマホをポケットから取り出した。反対のポケットからは電話番号の書かれた紙切れ。

 やっぱり緊張を抑えながら電話番号を入力し、少し躊躇しながらも通話ボタンを押した。

 長く感じるコールを経て、知らぬ声が俺に応じた。

「はい、高橋ですけど」

 これは高橋の親ということでいいのか? なら、高橋に代わってもらわねば。

「あ、もしもし。えーと、僕、高橋の、その、あ……」

「あら、樹山くんじゃない。久しぶりね」

 知らぬ声ではなかった。思いっきり高橋だった。でも言い訳すると、風邪か何かで喉をやられていて、いつもと声が違った。俺は、やっぱり体調不良で休んでいたのだと安心した。いや、風邪を心配するべきなのか。

「お、おう。よく分かったな」

「その挙動不審ぶりはあなたくらいしかいないわ。で、何か? 対戦の進捗でも話したいのかしら?」

 相変わらずの毒舌だ。しかし俺は、それを聞いて緊張が解けていつものペースを思い出した。高橋の声を聞いたら、話す内容が大体定まった。

「いや、違うくてだな。生存確認をしただけだ」

 彼女はふん、と鼻で笑った。思ったより元気そうで安堵したが、それを口にするのは恥ずかしさからか憚られた。

「余計なお世話ね。私がいじめ如きに屈するとでも?」

「いや、俺も分かってたんだけどな。先生が電話しろってうるさいから」

 ここは先生を利用しよう。私にできることがあれば……って言ってたしな。

「あら、おかしいわね。先生には今週いっぱい休むと事前に言っていた筈だけど」

 先生この野郎。わざと俺に教えなかったなあの野郎。

 俺が言葉に詰まっていると、高橋は電話越しにふふっと笑った。

「冗談よ。ありがとう、樹山くん」

 不意の感謝に、俺は照れてしまう。誰もいない自室で、なぜか顔を下げて照れ隠しをしていた。

 それに自分で気づいて俺は、咳払いをして話を続けた。

「なんか素直だな」

「体調を崩しているもの。そういう時は素直になるものなのよ」

 確かに、それはある。いつもこれくらい素直ならより可愛いのに、なんて考えて、ぶんぶんと首を横に振る。

「だが、だ。いじめが俺たちの戦いを邪魔しているのは否めないだろ。ここは一時休戦といこう。俺が対戦する舞台を整えてやる」

「そう。でも、私が熱を出しているのは事実よ」

「分かってる。だから、熱が冷めたら勝負再開だ。それまでに会場を整備しておく。小細工なしの真剣勝負だ」

 俺は自信ありげに、そう言った。彼女は小さく笑う。

「ふふ、一体、何をするのか、とても楽しみだわ。でも、来週の月曜日にはもう登校できるかも」

「ああ、いいさ。明日の金曜日一日でなんとかできるから。じゃあ来週。またな」

「ええ、また来週」

 俺は電話を切った。スマホを置いて、乾いた口にお茶を含んだ。高橋の声を聞いて緊張が解けた、と思っていたが、やっぱり緊張していたらしく、今やっと肩の荷が下りたみたいだった。

 やっぱり高橋は屈しない人だった。自分を貫いていた。ひねくれ者の俺では彼女に勝てないかもしれないな。だが、ここはぼっちたちを見習って、俺はひねくれ者を貫くとしよう。

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