第5話

 そして木曜日の昼が来た。高橋は今日も来なかった。高橋が学校へ来ようが休もうが俺の作戦には特に関係ない。けれど、流石に心配だ。

 ポケットに手を入れると、火曜日に貰った紙切れがあった。そう、俺はあれから、まだ高橋に電話をかけていなかった。

 無論、恥ずかしいからではない。そんな感情はとっくに取り払ってしまった。いや、まぁ、少しは残ってるけど。それでも、羞恥心が電話をかけない理由ではなかった。

 俺にはとある目論見があった。それが上手くいくかは今日、今から分かる。電話をかけるのはそれからがいい。ただそれだけのことだ。

 つまり、俺はせめて今日の放課後までは、高橋に電話をかけるのを我慢しなければならなかったのだ。

 例によって、吉村の元へ椅子を運ぶ。吉村はこくり、と頷いたようにも頭を下げたようにも見えた。

 武田は遅い。あいつは木戸と同じクラスという理由で採用したが、今後採用されるかは今日のぼっちの集いで判断される。

 三人揃うまで例の件には触れず、黙って昼飯を食べていると、やがて廊下を走る音が教室へ近づいてくる。うわ、絶対、武田じゃん。

「ふはははは! 待たせたな!」

 武田かと思ったら、案の定武田だった。あらかじめ予想していても、実物を見るとテンションが下がる。ある意味凄い存在なのかもしれない。

 武田は昨日と違う席にどかっと腰かけた。お前に席を使われるという被害者を増やすの辞めろよ。

「まぁいいや。揃ったな」

 吉村は控えめに頷き、武田はむふんと満足げに笑顔を見せた。

「その顔は成果あり、って感じか、武田?」

「いや、我はほとんど成果なかったぞ」

「じゃあ、なんで笑ったんだよ」

「成果なし! という笑みだ! ふは!」

 俺はこいつ苦手かもしれない。今に始まった話じゃないか。内心でため息をついて、吉村へ視線を移した。

「吉村はどうだ?」

「僕も少ししか成果ないけど……」

「けど?」

 吉村は辺りをきょろきょろ見渡して言った。

「陰口みたいになるから、できれば誰にも聞かれたくないんだ。誰もいない場所ってないかな?」

 どこまでも吉村は優しい。武田といい吉村といい、ぼっちはやたらと自分を貫いている。俺も見習わないとな。

 俺は吉村の提案を呑んで、親指で教室の外を指差した。

「それなら、図書室はどうだ?」

 そして俺たち三人は図書室へ向かった。廊下に出て、玄関の方へ行く。その途中にある、明かりのない図書室へ迷うことなく入る。俺を先頭にして、奥へとぐんぐん進んでいく。

「ここは穴場というやつだな!」

 武田は大きい声を出したが、ここでは誰にも聞こえない。ここでうんと武田を騒がせれば、外で少しは大人しくなるだろうか。いや、それは図書室に悪いな。

「普段は入るなよ。ここは」

 俺と高橋の秘密基地だから。とまでは言わなかった。が、

「うむ、承知した」

 武田はすぐに了解を示した。なんか珍しい。もう少し渋々な返事をするかと思っていたのに。

「やけに素直だな」

「ここは、樹山と高橋の秘密基地であろう?」

 武田にバレバレだった。俺は動揺を悟られぬように悪態をつく。

「黙れ、変態」

「なっ、我だって昼休みは苦労しているのだぞっ!」

 俺は純粋に気になって、話を変えるついでに訊ねる。

「そういや、お前普段、どこで飯食ってんの?」

 武田は下を向いて「聞くな」と言った。ああ便所か。便所飯だな。だからいつも来るのが遅いのか。

 そんなことを話していると、図書室奥地へと到着した。相変わらずの静けさに、寒気すらしてくる。俺は個別席のデスクライトを一つ点灯させた。薄暗い図書室にぽつんと明かりが灯る。寂しさは変わらずだ。

「そうか、だから……」

 吉村は最近、俺が教室で飯を食っていた理由でも察したのだろう。こいつは本当に察しがいいな。だが、それには触れず、俺は話を進めた。

「で、木戸はどうだった?」

「うん……」

 吉村は気まずそうに答える。

「彼女の嫌いな人だけ分かったんだけど」

「ああ」

 吉村は少し溜める。どうやら俺が察するに、俺への遠慮があるらしい。そして、

「君、らしい」

 吉村は申し訳なさそうに、しかしはっきりとそう言って俺を指差した。

 俺の反応を窺っていた二人は、俺のにやけた表情を見て驚いていた。

「「ドMだ!」」

「違うわ。予想通りだっただけだ」

 そう、つまり彼女、木戸は、俺のことが嫌い過ぎて逆にちらちら見ていたらしい。当初の俺の妄想、木戸はきっと俺のことが好きだ、というのは俺の恥ずかしい勘違いだったと薄々気づいてはいたが、たった今、明らかになりました。くそう、死にてぇ。

「だが、これで、材料は揃った。ありがとなお前ら」

「樹山に礼言われるのは、なんか珍しくて怖いな」

「確かに」

 なんでだよ。俺ってそんな風に見られてたのかよ。

「でも」

 どこか誇らしげに、吉村が口を開く。その顔からは俺への信用が見て取れる。

「これで高橋のいじめを解決できる樹山って、なんか凄いよな。かっこいいし」

「は? 何言ってんのお前」

 俺は、ははっ、と乾いた笑いで応じる。

「いじめを俺が解決させる? そんなの、できる訳ないじゃん」

 今度は武田が「は?」という表情と共に口を開いた。

「え、で、でも我は確かに『高橋を救いたい』と聞いたぞ」

「少し語弊があったかもな。まぁ、これでお前らの役目は終わりだ。来週の昼飯を奢る件は守るよ」

 と、昼休み終わりのチャイムが鳴ったので、彼らにこれ以上のネタバレを避ける為、俺はさっさと図書室を後にした。

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