第3話

 次の週、高橋は学校に来なくなった。

 生徒たちには「ぐれた」とか「びびって逃げた」とか好き放題言われていたけれど、高橋は意地っ張りで強情で頑固でいじめ如きには屈しない人だと俺は知っていた。きっと先生の言った通り、彼女は体調を崩しただけだ。俺はそう信じていた。

 しかし、二日も平気で休まれると俺も次第に不安になってきて、悩んだ挙句、いや、本当にすごく悩んだ結果、高橋の家にお見舞いにでも行ってやろうかと思い始めていた。いや、いつもの俺ならそんなことしないからね。あいつが二日も休むなんて、本当に珍しいことだから。

 火曜日の放課後。教室では聞きづらいので、職員室に担任が去るのを待ってから、それを追いかけるようにして職員室に入った。

 真っ直ぐ先生の机に向かう。先生は眠たげな表情でぼんやりとパソコンを打っている。

「先生」

「ん、樹山か。どうした?」

 先生はパソコンからこちらへ目を移して俺に訊ねた。

「……」

 俺は一体どうしてしまったんだろう。高橋が心配だからお見舞いに行くことにした? いやいやそもそも、そんな仲か? 俺たちは現在競っていて、つまりは敵対関係にあって、だからライバルだから、敵に塩を送る行為なんて、きっとあいつは望んじゃいない。でも……だから。

 俺は脳内思考が完結していないにも関わらず、話し出した。

「あいつの、高橋のお見舞い? 行きたいんすけど、住所知らなくて……」

「連絡先は?」

「それも知りません」

 先生は咳払いをして「いや、なんだ……」と言葉を濁す。

「なんですか」

「高橋は……その、いじめに遭っているようだな。私も最近知ったのだが、気づいた時には……」

「教師が介入できないレベルになっていたと」

 先生は申し訳なさげに頷いた。

 陰湿ないじめはヒートアップしても陰湿だ。時に大人でも解決できない程に。いや、解決自体はできるんだろうが、それがさらなるいじめのきっかけ作りになってしまうことだってある。そこら辺を、この先生はよく分かってらっしゃる。でも、なんで。

「なんで、俺に言うんすか。……なんでそんなこと、俺に話すんすか」

 俺が問うと、先生は苦笑しながら言った。

「高橋が、君になら話せると言っていたんだよ。樹山、お前、高橋に信頼されているな」

 それを聞いて俺は、はっと目を覚まさせられたような気持ちになった。俺たちは単なる悪友じゃない。そこには互いに既に信頼関係があったのだ。

 俺は馬鹿だ。勝手に罪悪感に埋もれていた。違うだろ、俺がすべきことは、そうじゃない。敵じゃない、唯一無二の友だ。友に塩を送ることにいちいち照れる必要はないだろう。

「……俺がなんとかします。ので、高橋の住所を教えて下さい」

「住所はやらん。電話番号をやるから、直接聞け。それから、私にできることがあれば、なんでも言ってくれ」

 へっ、いい担任を持ったもんだ。

 俺はそう呟いて、数字の番号が書かれた紙切れを受け取った。ラインで無料通話できる現代で、久しぶりに見たな。

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