番外:消しゴムの告白 篠宮流SIDE
仲のいい恵子とばったり出会って少し言葉を交わす。
恵子は同じ学年の中でも派手な存在で、色んな奴と仲がいいけど俺の事はかなり慕ってくれている。
「篠。ゆき見なかった?」
「ゆきって麻生くん?」
「そうそう」
「さっき矢野さんの事追いかけて行ったけど?」
「矢野さんとゆき!? えぇーありえないんだけどっ。何その組み合わせ」
あ。
恵子は知らなかったんだ。
俺は知ってる。
部活をしているから放課後の教室に立ち寄る事がたまにあって、廊下を歩くといつも二人を目にした。
一年の時からずっと同じ。
矢野さんの教室、矢野さんの机で寄り添う二人。
二人はただ机を挟んで話をしていたり、一緒にグラウンドを眺めていたり、矢野さんが勉強してて麻生くんが携帯を触っていたり。
それは色々だけど。
ほとんど毎日二人を見た。
廊下から見て静かに帰る俺の事なんて、二人は全く気付きもしないで、ただ二人だけの世界を楽しんでいた。
だから、知ってる。
二人がお互いをどれだけ思っているかも。
どれだけ好き合っているかも。
もどかしい二人の背中を押してやるほど俺はお人よしじゃないけど、あの二人の未来は少し気になる。
でもあの二人。
二人とも素直じゃないし、鈍いし、どうしようもないから、なかなかうまく行かないかも。
――そんな事を考えていた高校時代を思い出す。
今は俺も二十五歳になって、俺の彼女は二十四歳になった。
もうすぐ結婚をする。
矢野さんを好きだった過去なんて懐かしい思い出として、今は思いだすとほんのり微笑むような淡い恋の一つだった。
隣の彼女を見つめて笑顔をつくる。
矢野さんは俺なんてあの時からこれっぽっちも見てなかった。
この彼女だけが俺を見ててくれたんだ。
「奈々子。指輪どこにする?」
「えぇーうーん。分かんない。どこがいいかな?」
「どこでも良かったら俺に任せてもらってもいい?」
「いいけど高いものじゃなくていいんだからね。流は平気で高いもの買ってくるんだもん」
「だって一生ものだからね」
百貨店の駐車場の中で、車に乗ったまま二人で会話をしていると、向かいに止まったベンツをじっと見る。
ベンツの四駆か。
大きいなぁ、運転しにくそう。
そんな事を思っていると、車から見覚えのある二人が降りてきて、思わず身を乗り出した。
「ちかちゃーん」
「あ? なんだよ」
「お腹重たいよぉ」
「ん? 大丈夫か?」
そう言いながら、女が男の腕にぎゅうっとしがみついて、甘えるように腕に頬をくっつけている。
男はそんな女の頭をぽんぽんと優しく撫でて、もう片方の手は膨らんだお腹に手を置いた。
あ、妊娠してるんだ。
へぇーそうなんだ。
ぼーっと見ていると、隣の彼女につんつんとつつかれた。
「ぼーっとしてどうしたの? 車降りようよ。……ん?」
彼女が俺の視線を追って、二人に辿り着く。
俺らの車の目の前でいちゃいちゃしながら歩いて行く二人を捉えて、彼女がハッと息を飲んだのが分かった。
「や、矢野さんと麻生さん?」
その呼び方に苦笑する。
高校の一年後輩だった彼女はもちろん矢野さんの事も麻生くんの事も知っている。
今じゃユキと呼ばれてもてはやされている彼が、麻生という名字なのだときっと世間のほとんどの人が知らない。
懐かしい呼び名にふっと高校時代の淡い思い出が蘇った。
「流、喋らなくていいの? 久しぶりじゃない?」
「んー、どうしよっかな。奈々子、麻生くんのファンだって言ってたしサインでも貰いに行く?」
「ほ、ほんと!? いいの?」
喜んでいるところを見ると結構なファンだったらしく、軽く冗談のつもりだったのに失敗したなと思う。
けど、もう遅く奈々子は車を降りてきらきらと顔を輝かせている。
彼女のそんな顔を見るのも可愛いなと思いながら、手を引いて後ろを追いかけた。
麻生くんはサングラスをかけて、帽子を目深にかぶっているけど、やっぱりあふれるようなオーラがある。
高校の時よりもさらに垢ぬけて、やっぱり芸能人だなぁと思う。
ユキが結婚したって記者会見してたから知ってたけど、やっぱり矢野さんだったんだな。
記者会見の時も高校が一緒で憧れてた人って言ってたから確信はしてたし。
高校の友達のうわさが流れてたからほぼ合ってるだろうと思ってたけど、間近にあんな仲良さそうな二人を見るとなんか笑えるな。
放課後のもどかしい二人が懐かしいよ。
「矢野さん、麻生くん」
デパートの入口が見えてきた辺りで、薄暗い駐車場で二人に後ろから声をかける。
二人はこっちを同時に振りむいて、俺と奈々子を見つけると同じように目を見開いた。
「あ、えぇー久しぶりだぁ。篠宮くんだ」
「篠宮……? うわ、思いだした。俺の嫌いな奴だ」
嫌いな奴って……初耳ですけど。
二人はまじまじと俺と奈々子を見てきて、矢野さんが奈々子を見てパッと顔を明るくする。
「ああー、高校の時からの彼女だ。ずっと付き合ってたんだ。もう長いんじゃない?」
「うん。もう付き合って七年くらいかな。もうすぐ結婚するんだ」
「えぇーおめでとう。学校のアイドルだった篠宮くんが結婚かぁ。私たちも歳をとったねぇ」
矢野さんがしみじみと言いながら笑う。
それを見つめると、やっぱり高校時代の名残を残したままとても綺麗だった。
しかも学校のアイドルは俺じゃなくて、矢野さんの方だと思う。
「あ、あ、あの…」
奈々子がきょどった声を出す。
それに俺が助け船を出して、麻生くんに声をかける。
麻生くんはさっきと打って変わって、機嫌悪そうに俺をじろじろと見ている。
「奈々子が麻生くんのファンらしいんだ。サインくれない?」
「え? ……ああー…」
「ちかちゃん。書いてあげなよ」
「……おお」
麻生くんは渋々と言った感じで、奈々子の手帳にサインをすると、どうもと頭を下げた。
奈々子は恐縮ですと言わんばかりにぺこぺこと頭を下げている。
この二人って同じ学校でも接点なかったもんな。
「矢野さん、妊娠したんだね。おめでとう。結婚も」
「……俺にはねぇのかよ、篠宮。それともうゆうこは矢野じゃねぇよ。麻生って呼べ」
ぼそっと麻生くんが文句を言うもんだから、笑っておめでとうとごめんねを告げた。
麻生くんはよっぽど俺の事が嫌いらしい。
高校時代に矢野さんを好きだったっていう事があるからだと思うけど、もう結婚したんだからそんなに気を張らなくてもいいと思うんだけどなぁ。
それだけ矢野さんがいまだモテるってことか。
芸能人になっても気が抜けないんだな。
「じゃあ、サインありがとう。俺たちは行くね。お幸せに」
そう言うと、隣で奈々子がぺこっと頭を下げて、俺に着いてくる。
「篠宮くんもお幸せにね。またねぇー」
矢野さんが手を振ってくれる。
あの矢野祐子が麻生祐子か。
そう思うと笑えてくる。
なんだか、ずっと応援していたアイドルがいきなり結婚して引退しますって言われた時のようながっかり感はあるけど、思ったより心の中はあっさりしている。
もう俺の中では過去の人って事なのかなぁ。
矢野祐子。
俺たちの高校中の人気をさらって、一人で目立っていた特別な女の子。
そんな人が今は高校の時に不良として有名だった麻生くんの奥さんで、子供もできて、ナイスカップルだ。
なんていうか、変わるもんだなぁ。
「奈々子。俺って高校の時から変わったかな?」
「ん? そりゃ変わるよ。もう七年も経ったんだよ」
心の奥底まで癒してくれるような奈々子が笑って言うもんだから、素直にそうだねと優しく囁いた。
後ろをチラッと振りかえると、まだ二人は駐車場の中でいちゃいちゃしている。
本人たちは喧嘩をしているつもりかもしれないけど、あれはどう考えてもいちゃついてるようにしか見えない。
「ちかちゃん。機嫌悪くしないでよ。またねって言ったのは言葉のあやでしょー!」
「いやどうか分かんねぇ。お前はたぶらかすとこあるからな」
「最低っ。そう思うんなら勝手に思えばいいじゃん。信じてくれないんだね」
「信じるとか信じねぇの問題じゃなくて、お前が誰にでも愛想のいいのが問題なんだよ」
「はぁ? もう信じらんない。せっかく気分良かったのに台無し」
「そんな怒んなよ」
「ちかちゃんが最初にぶつぶつ文句言ったんでしょ?」
「………ああー悪かったって。悪かったよ」
「気持ちこもってないのに謝らないでよ」
「ほんとに悪かったって。ごめん」
「ほんとに悪かったって思ってる?」
「思ってる、思ってる」
「ん。じゃあもういいよ。私もごめんね」
「よし、買いもの行くか」
また腕を組んで仲良さそうに歩く二人をチラッと視界の端に入れる。
「あはは、馬鹿だな、あの二人」
相変わらずな二人がいて、声をあげて笑った。
変わったけど、変わっていない部分もあって。
それできっといいんだと思う。
「奈々子。幸せになろうね」
「うん。もう幸せだよ」
可愛い子。
触れたい気持ちをそっと抑えて、手をきつく握った。
もう会う事がないかもしれない彼らを後ろに置き去りにして、負けないようにもっと幸せになろうと強く思った。
おわり
☆篠と彼女の馴れ初めは、『今日も想うだけ』で読めます。
お願いだから、頼むから 【完】 大石エリ @eri_koiwazurai
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