番外:消しゴムの告白② ゆきちかSIDE

みんながゆうこの事を噂していた。

憶測だけで想像をして、楽しんで、どんな人がタイプなんだろうねなんて言って、話のネタとして盛り上がっていた。


「そういえば聞いたことなかったけど、ゆうこってどんな奴が好きなわけ?」


二人で校舎を出て、門に向って歩きながらそんな事を聞く。

風邪の時にそんな話するべきじゃねぇだろ。って心の中の俺が突っ込んでいる。

いつもは恋愛の話なんてしないくせに、ガツガツと突っ込んでいける自分がいてびっくりする。


「うーん。自分にはないものを持っていて、尊敬できる人、かなぁ」


ああー絶対俺じゃない。

俺頭悪いし。

優秀すぎるゆうこが尊敬する人って事はやっぱ、頭のいい水無月とか、弓道部部長の篠宮とか、そういう感じか?


でも篠宮を振ったらしいし、水無月も振ったらしいし、結局じゃあお前は誰がいいんだよ。

うちの学校にいる人間じゃ足りねぇのかな。

それとも、思い浮かぶ誰かがいるんだろうか。


ゆうこは、眩しそうに目を細めると、唇を緩めて、本当に幸せそうに微笑んだ。

その横顔を見て、俺はなぜか耳まで真っ赤になる。


だって、ゆうこが悪い。

そんな可愛い顔するゆうこが悪い。

どっちにしても誰か好きな人がいるのかもしれない。


がっくりした気持ちになったけど、どうせ俺には関係のない話だなぁなんて思う。

ゆうこに好きな人がいようといなかろうと、俺がゆうこを好きなのは変わらないのだ。


「一人で帰れんのか?」

「あ、うん。ありがとうね」


ゆうこが俺の正面に立って手を振ってくる。

それに手を振り返すと、ゆうこが背中を向けて歩いて行ってしまいそうで、ただ何もしないで見つめ返した。


「ん? どうしたの?」

「………家帰ってゆっくり寝ろよ」


ぶすっとした口調でそう告げると、ゆうこはくすくすと笑いだした。

だって。

放課後会えないし。って俺、すんごい女々しいんだけど、どうしよ。


「ちかちゃん。ちょっと手出して」


ゆうこが鞄をごそごそと探って、にやっとたくらんだような顔を見せる。

俺は首を傾げながら、右手の手の平を見せると、その上からゆうこの手が重なった。


それだけで、痺れるように苦しくなって、今すぐこの手を引っ張って抱きしめてしまえたらどんなにいいかと思う。

ゆうこはいつの間にか、三年のアイドルの篠宮に告られても平気で何もなかったかのように黙っているような女だ。


騒ぐ事もしなければ、何より応えない。

水無月と別れてからは、どんな男に告られても、決していい返事を返さないゆうこは一体何を考えているんだろうか。

俺が知っているだけで数人に告られている。

俺はこの女が何も分からない。

何も分からなくて本当に嫌になる。

自分だけが喜んだり、悲しんだりの繰り返しで、片想いがこんなに辛いものだって知らなかった。


全然知らなかった。

ゆうこのせいだ。

俺がこんなに苦しいのも、こんなに好きで好きでたまらないのも、全部ゆうこのせいだ。


でも、多分。

篠宮と同じで、ゆうこは俺に告られたとして、さっぱり振るのだろう。

そして、次の日には何もなかったかのように、みんなの矢野祐子に戻るんだよな。

想像が簡単についた。

その将来が怖い。怖くてどうしようもなくなる。

ぼーっとしていると、手は離れてしまったようで、手の中に何かが入ってるのが感触として分かった。


「手、開けていい?」

「ふふ。んー、もうちょっと待って」


ゆうこは楽しそうに空を見上げてから笑うと、企むような顔で俺を見上げた。

ゆうこは手を振って自分の帰り道を歩いて行ってしまい、俺は正門の前に一人残されて、片手を律儀にグーにしていた。


ゆうこが見えなくなってから、そっと手を開く。


感触的に飴ぐらいに思ってた。

いつも勉強をしている時に使っているゆうこの消しゴム。

かなり見覚えがある。

これが何なんだろう。

プレゼント?

それにしても、俺、別に消しゴムっていらないけど。

文字書く時って結構少ないし。


くるくると回して見ても何も変なところはない。

しばらく考えてから、ケースに入っている消しゴムの、ケースをすっと取った。


「………は、」


思わず息のような声が漏れた。

ゆうこの字だ。

ゆうこの綺麗な字で、“ちかちゃん”と書かれている。


…………どういう思惑ですか、ゆうこさん。

小学生の女の子とかが消しゴムのケースに隠れた部分に、好きな子の名前を書いておくおまじないを漠然と思いだす。


使いきるまで誰にも見られなかったら、好きな人への思いが通じるとかいう、もっともポピュラーとも言えるおまじないだ。

それをなんでゆうこが。

しかも俺に?


「ああーーー、もうーーー…」


絶対おちょくられた。

これを見つけて驚く俺を想像して、あの冷静な女は笑ってるんだろうよ。


くそ。

まんまとハマったよ。ばか。

どうしてくれんだよ、俺の心臓。

普段よりもかなり早くなった音がうるさくて、ぎゅっとシャツを掴む。


完全におちょくられてるな。

それにしても、俺の視線はその消しゴムに釘付けだ。

ゆうこが勉強の時にいつも筆箱から出してくる消しゴムに、俺の名前が書かれている。

それだけでこんなにも嬉しい。


一体いつから書かれてたんだろう。

なかなか俺が気付かないから痺れを切らして、渡してきたのかな。


なんでもいいけど、どうしよう。

この消しゴム返したくない。

思わず、去って行ったゆうこを追いかけた。


もうすぐ五時間目が始まるだとか、スリッパのままだとか、そんな事は何も考えなかった。

ゆうこが曲がって行った角を曲がると、見慣れた後ろ姿が見える。


「ゆうこ!」


はぁはぁと息を切らしながら走る俺を、ゆうこは強張ったように見つめた。

その表情の意味がよく分からなくて、首をかしげる俺に、ゆうこはひきつったように笑った。

黙って俺が来るのを待っている。

なんだその顔は。

俺をおちょくったんだから楽しそうな顔をしていると思ったら、案外真面目な表情だった。


風邪でしんどくなったのか?

俺は、ゆうこの前までたどり着くと、立ち止まってしばらく膝に手を当てて息を整えた。


「見た? ……どう、思った?」


中腰になっている俺に、上から涼しげな声が降ってくる。


「おちょくってんじゃねぇよ、はげ」


俺が怒って言った言葉に、ゆうこは意味が分からないとでも言うように首を傾げてきた。


「……どういう事?」

「どういう事って、俺がびっくりするとでも思っておちょくったんだろ。そうだよ、一瞬びっくりしたよ、ばーか」


ゆうこはやっぱり赤い頬で、俺を見ていた。

それなのに、不思議そうに見ていた顔がだんだん熱を失くしたように冷たく見下ろしてくる。


ん?

しんどいのか?


「………ちかちゃんってさ、」


いきなりトーンが低くなったゆうこをじっと見つめる。

それでも俺はゆうこを至近距離で見れない病にかかっているせいで、ほんの一瞬で目を逸らす。


「なんだよ」

「ちかちゃんと私って相性悪いよね。絶対。なんかそんな気がしてきた」

「は?」


あ、今心臓に斧みたいなの刺さった。


「うーん。友達以上親友未満って感じ。一生友達以外にはなれません! みたいな。そんな関係だよね。ふふ」


寂しそうに笑いだしたゆうこに目が釘付けになる。

なんでこいつは今こんな事を言い出したんだろう。

消しゴムに関係があるのか、それとも風邪で感慨深くなっているのか……。


それよりも俺心臓やばいんだけど。もう死亡寸前まで追いやられてしぼんできてるんですけど。

友達以上親友未満?

なにそれ。ただの普通の友達じゃん。


「ゆうこ……?」

「ううん、何でもない! じゃあね」

「あ、ああ」


俺が微妙なリアクションをしたからか、ゆうこは別れるに別れられず、困ったように顔を歪めた。

綺麗な顔が歪むと、俺まで苦しくなって、俺も同じように眉をひそめた。


「ごめんって。変な感じにしちゃってごめんね。ちかちゃんにはね、積極的な女の子がお似合いな気がする! 学年で例えるならね~、恵子ちゃんとか? えーっと美穂ちゃんとか。……えへへ、今度こそじゃあね」


うああ。

もう俺、まじでコンマ二秒で泣ける自信がある。

五秒あれば死ねる自信もある。


どうしよう。

自信喪失で呼吸困難になりそう。


苦しい。

苦しい。

苦しい。

どうしよう。

その場でへなへなとしゃがみこんでしまった俺に、前を歩きだしたゆうこが気付く。

後ろを振り返って首を傾げて、とことこと近付いてきた。


「どうしたの、ちかちゃん。具合悪いの!?」

「なぁ、ゆうこ」


中腰になって俺を覗きこんでくるゆうこの手首をぎゅっと握る。


「なに?」

「俺は積極的な女じゃなくて、お前みたいなのがいいよ」


ああー俺なに言ってんだろ。

だっせぇ、まじでだせぇよ。

そこまで言うなら告れよな。篠宮の事ライバル視してる場合か。

俺の方がよっぽど根性ねぇわ。


「………そ、そっか。えっと、ありがと。すごい嬉しい」


ゆうこは顔を赤らめて、ぱっと花が咲くように笑って見せた。

それだけで俺は、またへなへなとくずれ込んでとうとう地面に尻もちをついた。


なに、この飴と鞭みたいな感じ。

俺振りまわされ続けてるんですけど。


この子、わざとなのかな。

それだったら俺もう勝てないんですけど。

うあーゆうこのばか! ばかばか! 死ね!


「ああーーー、今日の俺なんか変なんだけど」

「やっぱ体調悪いの?」

「違うわ!!!」


いきなり怒鳴った俺に、ゆうこがビクッと一歩身を引く。


「あ、悪い。てかお前風邪なのに何度も引き留めて悪かったな。気を付けてな……ってここまで来たからもう家まで送ってくわ。はぁ…」

「……うん。ありがとう。嬉しい」


ゆうこは素直に頷いて、俺の隣を歩いた。

心臓はいまだ瀕死の重傷で血だらけ状態だったけど、俺は隣にゆうこが歩いているだけで幸せだなんて思う。

世界中の人間が、このツーショットを見て、綺麗な女連れて歩いてうらやましいと俺を恨めばいい。


そんなどす黒い感情が支配して、やっぱりこんな女嫌いだと思った。

俺の手には負えない。

それでも、何歩も先を歩くこの可愛い女が大好きで、見てるだけでもいいなんて思ってしまう。


「ゆうこ。風邪治して明日は学校来いよ」

「え、うん。多分行くと思うけど」

「……うん。そうしろ」


そうしてくれないと困る。

だって、そうじゃないと俺明日学校サボっちまう自信がある。


うわあー俺まじで腑抜け。

ゆうこがいないと何もやる気が起きないなんてださすぎて笑える。


「あ、消しゴム返して。あげるつもりなかったの」

「ああ? 消しゴムは腹が立ったから投げて捨てた」

「……ふうん。そっか」


それっきり俺たちの会話はなくなってしまって、俺はズボンのポケットに入ったままの消しゴムをずっと握り続けた。

ゆうこを手に入れられるなら、何でもすると思っている俺は。

ゆうこの消しゴムを手に入れるために、嘘までついた。


どうしようもなくださいけど、でも。

好きなんだから、それくらい許してくれてもいいかなって思うんだ。


まだ当分好きだと思うけど、それも許してくれたら嬉しいな。


おわり

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