番外:消しゴムの告白① ゆきちかSIDE

「ゆきー。今日遊びに行く?」

「んーメンバーは?」

「えっとな、タケとまさかな」

「んー。じゃあ行くかも。連絡する」

「はいよー」


昼休み。

三年の廊下を歩いていると、馴染みの男友達に声をかけられて、それに一応返事を返す。

昼休みのせいでにぎわっている廊下を、俺は歩いていた。

今から食堂に行こうと思っていた。

今日は一人で食べたい気分だった。


理由はいまいち思いつかないけど多分寝不足だからだ。

昨日は夜中じゅう遊んでて、ものすごく眠たい。

それでも学校に来るのには、ちゃんと理由がある。


「あ、ゆきちゃーん。今からご飯?」

「ん。そうだけどー」

「一緒に行かない? 恵子もいるんだけど」

「んーやめとく。今日は一人で食べたい気分」

「えぇーノリ悪ーい」


別にノリは悪くねぇよ。

お前らと一緒に食いたくないだけだって気付け。

ゆうこに誘われたら、水だって汲んできて、注文してやって、返却場所に返しに行ってあげたりもするかもしれない。

ああー俺、気持ち悪。


愛しい人を思い浮かべながら気分が良くなっていると、そこにまさにゆうこがいた。

ゆうこのクラスの前の廊下。


教室から鞄を持って出てきて、廊下へと歩き出したゆうこへと近付こうかと考える。

あいつなんで鞄なんて持ってんだ?

帰る気か?


少し離れた場所から不思議に思っていると、教室から俺の大嫌いな奴が出てきた。

ふらふらと歩いていた足をピタッと止める。

その男は、やっぱりゆうこに近付いて、心配そうに顔を覗き込んでいる。


「大丈夫?」

「あ、篠宮くん。ありがとう。ごめんね、なんか心配かけて」

「そんなのいいよ。それより門のところまで着いて行くから」


そのやりとりに体中から噴出するかのようなもやもやが溢れてくる。

どういうことだよ。

ゆうこが具合が悪いのは分かったけど、篠宮が一体ゆうこを心配する理由がどこにあるんだよ。


篠宮は弓道部のキャプテンで、俺ら三年の中でも期待の星。

成績は優秀だし、弓道部の成績はすごいし、男前だし、言う事なし。

軽く不良で成績も落第間際の俺とは正反対だ。


ゆうことそれはそれはお似合いだろう。

思わずゆうこの元カレの水無月を連想させるようないけすかない男だ。

俺はああいうタイプは嫌いだ。

ゆうこと似合いすぎるから嫌いなんだ。


ほら。

二人で歩いているところを見ると、美男美女でどっちも優秀そうでほんとお似合いじゃないか。むかつく。

思わず後ろを着いて行くと、篠宮はゆうこの腰を支えるように手を添えていて、それを見ただけで頭に血が上る。

ああー、なにあれ。

まじで無理なんですけど。

どう考えてもうっとうしいんですけど。


死ね、篠宮死ね。

今すぐ窓から飛び降りろ。

突入しようか迷っていると、向こうに変化があった。


「篠宮くん。いつもごめんね」

「別にいいよ。クラスメートだし」


お前のその優しさはクラスメートだからじゃねぇだろ!

ああいう奴って俺嫌い。

ああーまじで嫌い。

って、俺うぜぇよな。知ってる。


「でも彼女できたんだよね。誤解されたらダメだからここでいいよ」

「ほんと? でも顔色悪いよ……」

「大丈夫大丈夫。帰るだけだから」

「分かった。……じゃあ、彼女結構大事にしてるからやめておく。ヤキモチ妬くのも可愛いんだけどね」

「ふふ。篠宮くん最近幸せそうだもんね」

「まぁね。矢野さんの事はもう吹っ切れてるから。今は彼女が大事なんだ。こんな事矢野さんに言っても仕方ないね。じゃあ、気を付けて」


篠宮は階段のところで手を振って、ゆうこを見送っている。

二人とも晴れやかな笑顔を浮かべているけど、俺の内心は疑問の嵐だった。


吹っ切れたってなんだ。

篠宮に彼女ができたのも知らなかったけど、そう言えば恵子が篠宮に彼女ができた!って嘆いてたような気がする。

興味ないから忘れてたな。


ゆうこは一人になって階段を下りて行って、俺はそれを追いかけようと走り出した。

それなのに、道を引き返してきた篠宮に呼びとめられる。


「麻生くん」

「あ? なに」


なんか用事かよ。

俺、お前みたいな人種嫌いなんだよ。

水無月からトラウマになってるな、完全に。


俺と篠宮はクラスが一緒になった事がない。

有名だから、お互いの存在は知っているけど、接点は皆無だ。

大概女と遊んでたらしいけど、最近そんな噂は聞かなくなったな。


「俺の彼女ね、すんごく可愛いんだ。矢野さんの事は今何も思ってないから安心してよ」

「………は?」

「だって俺と矢野さんを見てすごい怒ってる顔してたからさ」

「……………だから?」

「好きなんでしょ? 頑張ってね。矢野さん、手ごわいと思うけど」


そう言って、篠宮は相変わらず優雅に歩いて行ってしまった。

いけすかない奴。

俺が後ろにいるのに気付いてたんなら、もっと早くに反応しろよ。


女みたいに綺麗な顔をしているくせに、背が高いのも腹立たしい。

優雅としか言いようのない後ろ姿を呆然と眺めることしかできない俺は、しばらく階段の前で立ちつくした。


いやいやいや。

なんであいつ俺がゆうこの事好きって知ってんだ?

もしかして分かりやすいのか?

まずい。

ゆうこにバレたらかなりまずい。

放課後しか一緒にいないのにバレてるって……。


篠宮あいつ怖ぇ。

っていうか、あいつ自分の彼女のノロケを誰にでも言いたいだけじゃねぇのか。

うわーむかつく。

篠宮にむかつきながら、階段を一段飛ばしで駆け下りた。


ゆうこを一階への階段で再び見つけて、俺は勇気を出して声をかけた。

放課後以外に話をした事はほとんどない。

そのせいか、じっとりと手に汗をかいていた。


「ゆうこ!」


少し上の階段の踊り場から声をかける。

くるっと振りかえったゆうこは、驚いたような顔で俺を見た。


「あれ。ちかちゃん。どうしたの?」


のんきに首を傾げるゆうこの位置まで降りていく。

顔が赤い。

その顔はいつもの冷静沈着なゆうこを幼く見せて、庇護欲をそそる。


いくら彼女ができたからって、一度はゆうこを好きだった篠宮が、この顔を見たんだと思うと、どうしてもむかむかとしてしまう。


「帰んの?」

「あ、うん。そうなの。熱があるから早退しようと思って」

「大丈夫か?」


心配になってそう聞くと、ゆうこは笑顔を作ってこくっと頷いた。


「大事をとって帰るだけだから大丈夫だよ。熱もそんなに高熱じゃないし」


そういうゆうこに近付いて、前髪をあげて手の平をぴたっとゆうこのおでこにくっつけた。

目を丸くしているゆうこを間近で見ながら、やっぱりちょっと熱いなぁなんて思う。

それに顔も赤いし。


「家まで送ってってやろうか?」

「どうしたの。ちかちゃん。今日珍しく優しいね」


嬉しそうに笑うゆうこに、こっちまで顔がほころんでくる。

それをキリッと締めて、俺よりずいぶん背の低いゆうこを見下ろした。


「なぁ」

「なに?」

「篠宮に彼女できたらしいな……ってやっぱいい。今のなし」


ああー俺最悪。

まじ人間として終わってる。

ライバル視してるからってわざわざそういう姑息な事するとか。

ゆうこに探り入れてどうすんだよ。

自分が嫌になる。


「ん? 篠宮くん? そうみたいだね。彼女見たことあるけど可愛い子だよ。幸せそうだった」

「ふうん。ゆうこは彼氏作んねぇの?」

「え。えーっと、今はまぁいいかなぁ。ほら、受験もあるし」

「ああ、そっか。って悪い。話してる場合じゃねぇな。とりあえず正門まで送ってく」

「ほんと? ありがとう。噂されたらごめんね」


いたずらな顔で笑ったゆうこに、曖昧に笑いを返した。

別に噂されたって何でもいい。

むしろそのうわさが本当になればいいなんて、バカな事を考えてる。


矢野祐子はこの学校では本当におおげさじゃなくマドンナ的存在だ。

誰もが矢野祐子を知っていたし、きっと大半の男が告白されたら付き合うだろう。

それくらいみんなが憧れていて、生き方を尊敬していた。


でも、ゆうこは水無月と別れて以来誰とも付き合わなかったし、運動神経万能な上に、成績優秀なくせに、どの部活にも所属していなかった。

バイトをしているわけでもなく、矢野祐子は掴みどころのない謎な存在としてみんなからアイドルみたいに崇められていた。

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