番外:百二十分

――ちかちゃんが喜ぶ事ってなんだろう。


ここ何日かは頭の片隅で、ひたすらに考えている。

でもこれって下手な数式よりもよっぽど難しい。

ちかちゃんが出ているドラマをぼーっと見る。

相変わらずキラキラしている。


クッションを抱えて、それを食い入るように見た。

ちかちゃんの隣に並ぶ女優はどの人も綺麗で、ちかちゃんと並んでも遜色ない。


基本がスーツの私とは女レベルでかなりの差が開いているように思う。

それでも毎日二十時までに家に帰ってきてくれるから、それがやっぱりホッとする。

 

ちかちゃんはお金も持っていて、欲しいものはだいたい手に入れられるだろうし、今更なにかをプレゼントして喜ぶとも思えないな。

最近誕生日に財布をプレゼントした。

ほつれの一つない、綺麗なブランド財布を使っていたから、あげるのもとても申し訳なかったけど、それしか思いつかなかった。

それでも、なぜかすごく喜んでくれて、結局元々使っていた新品に近い財布は、今引き出しの中だ。



今度に控えるのはクリスマス。

どうしようかな。

普段勉強している時は想像力も働くのに、ちかちゃんに関しては全くだめだ。

もうこの際、サプライズなんて狙わないで本人に何が欲しいか聞いてみようかな。

なんて言うんだろう。


「プレゼントなんていらない」とか言いそうだけど、そう言われても困るんだよね。

「ほんと? 助かる」なんて風に素直に受け取れないし、結局何か選んであげないといけないんだもんなぁ。

いや、本当にいらないかもしれないんだけど、何となくあげなきゃ気が済まない。


この堅い頭はどうも融通が利かなくて困る。

型にハマった生き方をしてきたせいで、こういう事は本当に苦手だ。

調べるしかないと思って、片っぱしから雑誌を読んで研究してみたけど、どれもピンと来なかった。


おすすめネクタイなんて特集されててもなぁ。

ネクタイなんてドラマの役くらいでしか付けないし、服をプレゼントにするにも芸能人だからこだわりとかもあるんだろうし。

キーケースもアクセサリーもバッグも時計も持っているものは全部一級品だ。


本人にこだわりはなくて、事務所に持たされているか、仕事で着た服で気に入ったのがあれば買い取っているらしいけど。

そういや高校の時から、一人だけあか抜けていたよなぁ。


ふう。

息を吐きながらドラマをぼーっと見る。

ソファで横になりながらテレビに視線を合わせていると、玄関のドアがカチャリと開く音がした。

ちかちゃんだ。


「ただいまー」

「おかえりっ」


パタパタと歩いていくと、相変わらずおしゃれなちかちゃんが私を見て少し安心したように笑う。


「今日はなんかいつもより疲れた」


そう言って、私の背中に片腕を回してぐったりともたれてくる。


「なにかあったの?」

「んー、台詞覚えの悪い女優に我慢の緒が切れそう」

「ふふ」


さっきテレビで見てた女優さんか。

煌びやかな仕事に見えても苦労はいっぱいなんだよね。

 

「――ちかちゃん。なにか欲しいものってある?」


ちかちゃんはソファに座る私の肩によっかかって、ぼーっとしている。

本人いわく充電中らしく、視線はテレビにありながらも焦点は合っていないように思う。


「えー、別にない」

「……」


ほら。そう言うと思ったんだよね。


やっぱ聞かなきゃよかったな。ネクタイでもあげよっか。雑誌信じて“ネクタイは間違いない”とか書かれた通り、ネクタイにするか。


「なに怒ってんの。ゆうこ」

「別に怒ってないよ」

「怒ってんじゃん。お前が黙り込んだ時は危険な合図だ」

「なによ、合図って」


くすくす笑うと、ちかちゃんも楽しそうに笑う。

どうやら疲れはいつの間にか飛んだらしい。

 

「欲しいものねー、あれ食いたい。お前が作る酢豚。あれ好き」

「食べ物……」

「それかぁ、あ、シャンプーもう無くなりそうだった」

「……もういい。私仕事する」

「ちょ、ゆうこ。ごめんって。うそうそ」


ちかちゃんが大して悪びれずに笑いながら謝って、私を後ろから抱きしめた。

足が前に回って、出口を無くして、私を閉じ込める。これじゃあ出ていけない。仕事もできない。


「ゆうこ。こっち向いて」

「羽交い絞めにされてるから向けない」

「こっち向いてさ、ちゅうしてよ。ゆうこから」

「はぁ?」

「あ、欲しいもの。ちゅう百二十分」

「長ぁ!」

「どう? それクリスマスのプレゼント。俺お前のちゅう大好き」

「……」


なんだこのサービスは。嬉しい。

“大好き”なんて、この素直じゃない人の口からどうやって飛び出たんだ。

これがもしかして私へのクリスマスのプレゼントなの? しかもクリスマスプレゼントで悩んでる事に気付かれてるし。なんでバレてんの。恥ずかしい。後ろ向けない。どうしよう。嬉しい。


「それかさぁ、あの思い出の教室でセックスしたいなぁ」

「……っ」

「ちょ、お前。いきなり叩く事ねぇべ」

「あそこを穢さないでよ!」

「あ、ゆうこ。こっち向いた。百二十分な?」


顔を赤くする私にちかちゃんが何だか余裕そうに笑った。

それが憎たらしくて、自分から唇を重ね合わせる。

ちかちゃんの体が一瞬ビクンと揺れた。


「ん……」


伝わる振動。

漏れ出た声。

ちかちゃんらしくて、嬉しくなった。

 



☆おまけ


「んぅ。はぁ、はぁ」

「ん……」

「ね、ちかちゃん。ちょっと言ってもいい?」

「なんだよ」

「百二十分って長くない?」

「……分割払いでもいいけど?」

「素直に言いなさいよ。自分もちょっと長いなって思ってるんでしょ?」

「……思ってない」

「まだ十分しか経ってないよ」

「……あ、クリスマスプレゼントはゆうこの写真がいい」

「あー、話逸らしたぁ。……って、え? なんで写真?」

「なんでも」

「えぇー、なんでよ」

「うっせぇ! なんでもだ、ばーか!」


おわり

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