番外:シルバーのプレート② ゆきちかSIDE

「なぁ、ゆうこ。この巾着なに。いつも持ってるけど」


ゆうこのかばんから飛び出していた小さな巾着袋を掴む。

ゆうこは慌てて立ち上がって俺の元まで来ると、その袋をぐいっと引っ張った。


「なに、そんな見られたくないものなわけ?」

「え、いやまぁ、お守りみたいな」

「なに入ってんの?」

「えー、恥ずかしいから無理」


ゆうこが渋るように巾着袋を握り締めて隠そうとする。

まぁお守りって人に見せるものでもないしな。

じっと顔を見ていると、ゆうこがかぁっと顔を赤くしてびっくりする。

 

「なんでお前顔赤いの」

「え、いや、だって」

「そのお守りのせい? なに、見せろよ」


顔を赤くされたら見たくなる。

どんなものが入ってんだ。

夫婦なんだしお守りの中身を見ても罰は当たんないだろう。

ゆうこから取り上げると、ゆうこは観念したように両手で顔を覆った。

ベルベット生地の綺麗な袋のひもをほどいて中を見てみる。


シルバーのプレート?

お守りというと、なにか紙のようなものが入っていたと思うけど、ゆうこのこれは手作りだから違うらしい。

思い出のものなのか?


奥深くに置かれているそれを手に出してみる。

小さく手の平に載ったそれ。


思わず目を見開いた。


「…………はぁ?」

 

ゆうこの顔を疑うように見ると、ゆうこが顔を真っ赤にしたまま、こっちを見ている。

気まずげなその顔にもう一度プレートに視線を戻した。

なんでこれがゆうこの手元に?

だんだんこっちが恥ずかしくなってきて、耳が熱くなるのを感じながら手に取って、表と裏を見てみる。


あまりにも熱の入った彫り方で見ていると照れくさい。

あの頃の俺そのもののようで、不器用で、でも必死で、そんな俺を写したようなプレート。


「なにこれ。いつから持ってたわけ」

「いつって。高三の時、から」

「はぁ? でもまぁそうか。え、でも、なに。どこから? 俺これ捨てたと思うんだけど」

「……もらった」

「誰から」

「恵子さん」

「恵子ぉ? お前が? 喋った事なかっただろ」 


そう言いながら何となく当時の事を思い出してくる。

そういや俺。

このプレートをゴミ箱に捨てたんだっけ。

なんで捨てたのか。

それを思い浮かべて、ハッと行き当った。



――高校三年の廊下で、俺は山田と二人で話をしていた。

さっきの技術の授業でプレートをズボンのポケットに忍ばせたまま、山田とくだらない話をする。


「そういやユキ、今日カラオケ行く?」

「あー、どうしよかな。行ってもいいけど夜からなら」

「ん、言っとくわ。恵子とよっこも来るみたいだけど」

「あ、そう」


そんな話をしていると、ゆうこのいる教室がざわざわしだして、俺と山田も思わずそっちを振り返る。

山田は矢野祐子好きを公言している。


「お、なんだ。矢野さんのところざわざわしてるんだけど。ユキ、ちょっと見てみようぜ」


山田に腕を引っ張られて、教室を覗く羽目になる。

俺、覗きたくないんだけど。ゆうこに教室見に来てると思われても嫌だし。

照れくささを隠しながらチラリと中を窺う。



そこには俺と山田と同じクラスの男が立っていた。

確か水泳部だったような気がする。

背が高いせいで、人だかりの中でも頭一つ抜き出ていて、よく顔が見えた。


そいつがゆうこの前に立って、なにか喋っている。

告白か?


「ちょ、告ってんじゃん。あ、プレート渡してる」


山田が興奮したように俺のシャツを握って言う。

俺も思わず自分のポケットの中に手を突っ込んで、プレートを触って確かめる。 


後であげようとしていたものを先にあげられた気がして、なんかあげようと決意していた気持ちがしぼんでいくのが分かった。

その上、ゆうこが容赦なく叩きのめしてくる。


「あの、ありがとう。気持ちはすごく嬉しいけど、後に残る物はもらわないようにしてるんだ。ごめんね」


よく通る綺麗な声がここまで届く。

要するに、処分がしにくいから元からもらわないようにしていると。

モテる女は言う事が違う。そうして物をもらって困った事も今までにあったのだろう。


貢物は食べるものにしてくれとそういう事か。

ひねくれている自分がどんどん卑屈な考え方になっていくのに気付いて慌てて打ち消した。

このプレートを相手に手渡して告白をする習慣は、うちの学校にはあって、そうして告白をする人が多い。


ちょうどいつも体育祭前の技術の授業で作るからか、この時期のカップル率はやたらと跳ねあがる。

 

でも今回はどうやら失敗に終わりそうだ。

見ているのが悪くなって、山田を引っ張って廊下に戻った。

ポケットに残ったままのプレート。

俺のも同じく処分に困るんだろうから、自分で処分をすることにした。


ゴミ箱に投げ捨てたのはそういう経緯だ。

それを恵子が拾って、なぜか今ゆうこが持っている?

思い返しても苦い思い出しかないそれが今俺の手の中にあってびっくりする。


不器用で、プライドばっかり高くて、傷付くのが怖かったあの頃。

ゆうこと近づけてるだけでも奇跡のように思っていたせいで、関係を崩すのが怖くてたまらなかった。



今目の前にいるゆうこを見る。

俺の手の中にあるプレートを見て苦い顔をしているけど、ずっともしかすると持っていてくれたのだろうか。

もう一度手の中のものを見た。


「なに、これずっと持ってたの」

「うん。高三の時からずっと。私ちかちゃんの物って何も持ってなかったから」

「だからって……」

「これって、私のYなの?」

「え、あぁ、そうだけど」

「じゃあなんで私に渡してくれなかったの? 捨ててたって聞いたけど」

 

少し黙る。

高校の頃は意気地なしでダメな俺だった。


「お前に手が届くはずがないって思ってたんだよ。勇気なかっただけ」


俺がそうして笑うと、ゆうこはしばらくして小さく笑った。


「ずっとそばにいる恵子さんたちがうらやましくて。でも今一緒にいられるから最近はね、あんまりうらやましいとか思わなくなったよ」

「おう、まぁそうだな。これからもずっと一緒にいるしな」

「うん」


ゆうこが嬉しそうに笑う。

それが可愛くて隣に座っていたソファで、身体の向きを変えてキスを落とす。

ゆうこが応えるように俺のシャツを掴む。

何度もキスを交わして、舌を差し込むと、ゆうこがビクンと体を揺らした。 

ゆうこが着ていたワンピースを脱がすと、恥ずかしそうに身を縮める。

もう何度だって見たのにいまだに恥ずかしいらしい。


胸が高鳴るのを感じながら、下着だけになったゆうこをソファに倒す。


「まだ昼間だけどいい?」

「だめって言ったらどうなんの?」

「拒否権はないけど」


ゆうこが笑う。

どうやらダメではないらしい。

首元に顔を埋めると、ゆうこがくすぐったそうに背中を反らせた。


華奢な背中を抱く。

長い脚が上に伸びて、俺が体に触れるたびにしなる。

綺麗な顔が快感で歪んでもどこか冒されない神聖なところがある。


そういうところが好きだ。

もちろん快感でめちゃめちゃになっているところを想像しないでもないけど、それも何となくゆうこではない気がする。



高校の頃、頭がおかしくなったのかと思った。

熱に浮かされたみたいに、一日中何をしているときもゆうこの事しか思い出せなくて、何をしていたって、残像みたいに頭に焼き付いていた。

考えて、考えて、恋をしているんだと自覚したら、背中を見ただけで胸が焦げ付くようになった。


それは卒業したって消えなくて、どれだけ綺麗な人に会ったって、ゆうこを思い出した。

あいつはこんなに軽率じゃなかったとか、こんなに馬鹿じゃなかったとか、もっと上品だったとか、そんな事ばかり思いついては他人を排除した。


矢野祐子は特別だった。

家族を持たなかった俺の唯一の一番星。 


「ゆうこ、愛してる」

「……うん、私も」


ゆうこが笑う。

高校の時より大人になった顔で、目じりにしわを作って笑ってくれる。


それだけで生きてきて良かったと思う。

ゆうこは俺の人生の光だ。

恥ずかしいからなかなか言えやしないけど、ゆうこにだけ一生愛を注ぐと誓う。


長い髪が首にかかって、さらさらとソファに落ちる。

それだけで愛しい。

その髪を掬い上げてキスを落とすと、ゆうこが俺をじっと見て「好き」と囁いた。 


幸せな日々。

それもこれもあの頃の日々の色んな葛藤があったからこそかと思うと、青すぎた日々もそう悪くないかと最近ようやく思う。

ゆうこを好きになった最初の一ページ。

不器用で、痛々しくて、みっともなかったけど、今思い返せばそれも全部愛しき日々に変化した。


「ちかちゃん……っ」


ゆうこが切羽詰まった声で俺を呼ぶ。


好きで好きでたまらなかった。

恋をしていた。

胸が焦げ付くほどの恋に翻弄されていた。



…………今も同じだ。

いつまで経っても変わらない。

ゆうこの声に応えるように体のラインに手を添わせながら、二人してソファに深く沈み込んだ。



おわり

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