番外:シルバーのプレート① 恵子SIDE
「素晴らしい秋空の下、全ての競技が終わり、無事に体育祭が終わろうとしています。みなさん、この体育祭は思い出に残りそうでしょうか? 私は実行席からずっと見ていましたが、培われた友情がたくさん見えたような気がしています。体育祭は競うためのものではなく、一緒に楽しむものですよね。そんな体育祭を近くで見られて幸せだなぁと思いました。三年生は今回で終わりですが、二年生は次は引っ張っていく番になり、一年生は中心となって活躍するのでしょう。大人になった時、みなさんの中でキラリと光る素敵な思い出になっていますように。では、体育祭を閉会します。みなさんお疲れ様でした!」
生徒会長、矢野祐子の挨拶で綺麗に締めくくられた体育祭。
女の私の目から見てもやっぱり矢野さんは別格で、女の子だって無条件で憧れられるような存在だった。
そんな女の子を男の子が好きにならないかと言えば、そりゃあ好きになるだろう。
案の定周りを見渡すと、ぽーっと壇上にいる矢野さんを見る男子がほとんど。
隣の山田なんて普段チャラチャラしてるくせに、真剣に矢野さんを見ている。
そんな中で、私の斜め前にいるユキはじっと矢野さんを焼き付けるように見ていた。
そんな風に見るくらいなら、とっとと告れ。
いくじなし。
体育祭前の事を思い出した。
ユキが泣きそうな顔でゴミ箱になにかを捨てようか迷っていた。
右手がぎゅっと握られていて、人がまばらになった放課後の教室でユキに声を掛けた。
「ユキ~。どしたの?」
「おう、恵子。なんでもねぇよ」
そう言って、ユキは今度は迷いなく手の中のものをゴミ箱の中に捨てた。
踵を返して、教室から出て行こうとする。
ユキを呼び止めようか迷って、こっそりとゴミ箱の中を覗く。
今日技術の時間に、工作でシルバーのプレートを作った。
それに手彫りで自由にデザインできるって言うやつで、みんなそれぞれ作ったり、カップルは交換したりしていた。
なんで捨てたんだ。
いらなかった?
それにしては大事そうに握ってたのに……。
ゴミ箱からこっそりと拾い出して、そっとプレートを見てみる。
目を見開く。
綺麗に彫られた花と、Yというイニシャル。
裏にはFightと書かれた文字。
確かにユキのイニシャルはYだけど、でもこれはきっと。
きっと。
矢野祐子へのものだ。
なんで渡さなかったんだろう。
ユキが矢野さんを好きなのは知っていた。
篠とまだセフレのような関係だったとき、放課後遅くまで学校に残っていたから、教室にいる二人をよく目撃していた。
初々しい二人は美男美女なだけにとても絵になっていた。
矢野さんが黙々と勉強するそばで、空気のようにそばにいたユキ。
いつもと同じ気だるそうな態度で、でも真剣に彼女を見ていた。
好きなんだなぁとよく分かった。
私も同じだったから、ユキもきっと叶わない恋をしているんだなぁってその真剣な瞳を見て思ったんだ。
プレートをぎゅっと握りしめて走り出す。
渡さなきゃダメだよ。
彼女のために一生懸命作ったのなら、渡して、頑張って渡すんだよ。ユキ。
走って追いかけると、昇降口のところにいたユキは靴に履きかえて校舎を出て行くところだった。
「ユキちゃん!」
「あ? なに恵子」
「これ! 渡しなよ。渡す人いるんでしょ」
「……なに拾ってんの。もういいの、それは。あ、いるならあげるけど」
「私はいらないよ。そもそもYなんてイニシャルでもないし」
「…………」
ユキは困ったように笑って、私に手を振った。
それ以上なにかを言うのは許されないような雰囲気で私は黙って彼を見送った。
そんなんじゃ叶うものも叶わないよ。
って言葉が喉元まで出かかったけど、ユキの切なそうな顔を見て、それ以上言うのはさすがに酷かとやめておいた。
私はそのまま靴箱に取り残された。
ユキがいらないと言って置いて行ったシルバープレートを握ったまま、これをゴミ箱に戻すのは何となくできなくて、意味もなく手を握ったり開いたりする。
どうしようかとその場を意味もなくうろうろする。
「恵子。どしたー。頭おかしくなったか」
チャラい男に笑いながら声を掛けられて、慌てて階段を駆け上がった。
なんで私がこれをこんなに気にしないといけないんだよ。
あのへたれなユキが放棄したことをなんで代わりに悩まないといけないんだ。
イライラして教室に戻ってゴミ箱に投げつけてやろうと思ったけど、最後にもう一度見る。
手の中のそれは一生懸命、手を込めて、心を込めて作られたのが分かって、やっぱりなんで渡さないんだと理不尽な怒りが込み上げてきた。
渡せばいいのに。
私なら嬉しい。
別にくれた人の事が恋愛的な意味として好きじゃなくたって、やっぱり嬉しいよ。
矢野さんはいい子だから、きっと素直に受け取って、ありがとうって言うに決まってるじゃん。
代わりに渡すのはおかしいかもしれない。
けど、渡さないで捨てるのもおかしいと思う。
ふぅっと重い腰を持ち上げて、教室を出る。
二つ隣の教室を覗く。
そこに彼女はいた。
片方の耳に長い髪を掛けて、夕日に照らされながら勉強をしていた。
みんなが体育祭で浮かれている中、彼女だけは異質な空気があった。
しばらくぼーっと教室の入り口で見つめる。
篠も好きだった女の子。
ユキが好きで好きで仕方ない子。
……確かに好きになる、よなぁ。
私だってなんか変な気分になる。矢野さんって。
なんていうか、あの澄ましている顔を自分の力で笑顔にさせてみたいとか、自分に泣き言を言って頼ってきてほしいとか、そんな事を思ってしまうような力がある。
すごいよなぁ。
完璧だからこそ、自分だけに弱みを見せてほしいと男が思っちゃうパターンね。
自分とは正反対のタイプだなと思いながら、教室に足を踏み入れた。
体育祭の準備もあるのか、一応教室内には人もいて、だけど今更私を見て驚く人はいない。
ズカズカと近寄って行くと、矢野さんだけが私を見て目を見開いた。
シャーペンを持ったまま、首を傾げる。
「恵子さん?」
「初めまして、かな。ごめんねいきなり」
「うん。いいよ。なにか用事だった?」
近くで初めて見る彼女は透き通るように綺麗で、ユキがまじまじと見ているのも理解できた。
肌なんて透けて溶けそう。黒目が大きくて、お人形さんみたい。
声は何度も集会や色んな行事で聞いた事はあったけど。
「矢野さん、まじで綺麗ね」
思わず口からポロリとこぼれ出る。
矢野さんはわけが分からないというようにきょとんとして、それから噴き出すように小さく笑った。
「恵子さんの方が綺麗だよ。まつげも綺麗にくるんってなってて、メイク教えてほしいくらい」
メイクならいくらでも教えるけど、と思いながら、矢野さんが私と同じ化粧をしたらカオスな感じになりそうで、曖昧に笑ってごまかした。
「あのさ、用ってのはこれなんだけど」
そう言って、手をパーにして見せる。
シルバーのプレートを見ている矢野さんを見下ろす。
「これ、どしたの? 技術で作るやつだよね、私も作った」
「うん。これ、ユキが作ったわけ」
「え、うん。そうなの?」
なんでお前が持ってるんだとばかりに矢野さんが私を見上げた。
驚いた顔もまた可愛い。
とか思っている私ってどうなの。
「これ、矢野さんのために作ったんだと思うんだ」
「え、でも、そうなの?」
「うん。本人はそう言ってなかったけど、ゴミ箱に捨ててたから勝手に拾って私がおせっかいしただけなんだけど」
「捨ててたの?」
「そ。わけ分かんないでしょ」
私は矢野さんの手にポイッとそれを載せる。
「でも、これYって書いてるけど、雪近のYじゃなくて?」
「さぁー分かんないけど本人いらないみたいだからもらってくれない?」
「え」
「だってゴミ箱に捨てるのはさすがにかわいそうな気がしてさ」
てきとうな理由を付けていなくなりたかった。
明らかに矢野さんに向けて彫られたものだとは分かっていたけど、それを自信を持って言うと、ユキが矢野さんを好きだっていう情報まで伝わってしまいそうで。
さすがにそれは本人が言うべきだと思うし。
矢野さんのこの反応的に、明らかに矢野さんもユキに好意があるんだろうと思うけど。
「もらってていいのかな」
「いい、いい。いらなかったら捨ててくれればいいから。元々ゴミ箱にいた子だからね」
「うん、ありがとう」
ぎゅっと大事なものを握るように両手をきゅっと折りたたんだ矢野さんを見て笑う。
じゃあねと別れの挨拶をすると、もう一度ありがとうという声が聞こえてきた。
矢野さんは性格もいい子だ。
ほんとあんな子、ボケッとしてたらいつの間にかいなくなってるぞ!ユキ。
いいことをしたような気分になって、そしたら篠に会いたくなったけど、年下の彼女ができた事を思い出してやめた。
私の運命の人はどこだろうな。
そんな事を思いながら……。
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