第15話 手の網

 翌日未明。オウナ、オキナ、カワビ、マロイの4人が鎮守の杜につどった。皆、キコニアが赤子を連れてくると信じて疑わなかった。天をあおぎ地にふして祈って待った。しかしキコニアは現れなかった。幾ら待っても現れなかった。4人の中に小さな疑いが頭をもたげた。

「あれは幻だったかのう」

 翁が申し訳なさそうに云うと媼が押し返した。

「幻などであるものですか。待てば甘露の日和あり*1です」

「今日ではなく明日かも知れぬ」

 カワビが励ますつもりでそう云うと、マロイが、

「明日ではあの子は死んでしまいます」

 と悄気(しょげ)た。重い沈黙が4人にのしかかった。希望の灯が点滅し消えようとしていた。

 ――ああ、消える。

 そのとき木の上で物音がした。皆の目が上の一点を見つめた。木の上で枝葉の揺れる音がして大鳥の声がした。皆の瞳が光った。赤子の泣き声がした。

 ――キコニアは来ていたのだ。

 4つの顔は次に起こることを待った。4人はそれぞれの両の手を突き出して手の網をつくった。キコニアが赤子をふうわりと持ちあげた。キコニアが赤子を離した。

「あッ」

 皆の声が飛んだ。赤子が落ちた。赤子は待ちうけた手の網にやわらかく乗った。マロイはわが子を抱きあげた。泣いた。マロイは泣いた。カワビと媼翁は安堵し腹一杯笑った。母の胸に抱かれた赤子が小さな笑みを見せた。大人たちの心の臓がキュンとなった。

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