第8話 鎮守の杜

 それでもオキはオミ屋敷へ行かねばならないと思った。それが長くミヤツコの地位を担ってきた家の責任だと感じていた。オミ屋敷へ出向くに際し、オキは父の代から親交があり過日立ち寄ってくれた上毛野の君のオグマへ密かに別れの言葉を送った。侠気に富む作頭のカワビは、

「一緒に参ります」

 と云ったが、

「2人して殺されればハタツモリはほろびる。ここは堪えてわが母と皆を励まして生きてゆけ」

 とオキは制した。

 オキは一人で屋敷を出た。途中、鎮守の杜へ寄った。天を突くような松の木や、地べたを暗く覆うように枝を張る桂の木が、悠々と立っていた。

「そなたらは何が善いとも悪いとも云わぬ。雨風や日照りも黙して受けいれる。おのれが伐り倒されるときも悲鳴は挙げるが不平は云わぬ。動かぬことを選択したそなたらを私はたっとぶ。だがわれら人間は、弱い者同士、動くことで絆を結ぶのだ。鎮守の杜よ、私が死んだら、この杜の小さな隅を貸してくれまいか。ここで土に帰り、そなたらと同じように黙して動かずあの女人(ひと)を見守りたい」

 オキはそう声に出して祈り、柏手を打って深く頭を垂れた。

 頭を垂れたその背中に、オキは人の気配を感じた。振りかえると目の前に驚愕があった。マロイがいた。

「肩の傷は、なぜ此処へ」

 オキは矢つぎばやにたずねた。マロイはそれには触れず、

「父はあなたが屯倉に予定された土地の者らと組んで反乱を起こすと云いふらし、戦いの準備をしています。そこへ行くのはいかなる正義がありましょうとも、死にに行くようなもの」

 と喉をつっかえさせながら告げた。

―――――――――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る