第5話 オキの無軌道

 血だらけで帰ってきたカワビを見て、オキは憤懣やるかたなくオミの屋敷へ向かった。が、オミは開口一番、云った。

「水口いじりの悪さを詫びに来たか」

 オキはその挑発に乗らなかった。年上の者に対する一応の敬意を払いつつ穏やかに主張した。

「ミヤツコの仕事はいっとき預かってもらっただけのこと。自分が帰ってきたからには返して戴きましょう。水口いじりもそちらでやっておきながら、わが屋敷のカワビのせいにして暴虐におよんだのは尋常ではありません」

 オミはそれを苦もなく撥ねつけた。

「キブネの旦那は、そなたが帰ってくるとは思われないから、ミヤツコの今後いっさいはわしに任せると云ったのだ。何となれば、水口の分配はミヤツコのわしが決めること。腑に落ちなければ教えてやろう。このたびわしは大和の王から直の称号をたまわり、笠原ノ直ノ使主となったのであるぞ。分かるか、アタイだアタイ」

 そう云って証文の木簡をかかげた。数多の献上品で大和王を籠絡した後ろめたさなど、もう微塵も残っていなかった。オキは少し強くいった。

「大和へ随行したそちらの家人が、うちの頭領はたんまりの土産物で大和王を落としたと得意げに話しているのを聞いた者がいますぞ」

 オミは図星をつかれたのが癪にさわったのであろう、

「根も葉もない事を云いふらされてはたまらん」

 と憤慨し、庭の端に向かって顎をしゃくった。それを合図に納屋から屈強なやつばらが出てきてオキを襲った。オキは拳をかわして一人を背負い投げた。次の男は棒でかかってきたが、それを取りあげて足を薙ぎ払った。あとの者は戦意をなくして後じさった。

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