第2話 直(あたい)の称号

 武蔵のミヤツコの職位は代々オキの家が担ってきた。いまはオキの父キブネがミヤツコを担っているが、キブネは病いがちだったので先々のことを心配していた。早く息子のオキに引きつぎたかったが、オキは諸国見聞の旅に出て3年も経つのにいまだ帰国する様子がなかったからである。キブネの病いは日々悪くなっていった。キブネはある日、同じ笠原の一族で村でも信頼をあつめているオミに頼んだ。

「わしが死んだら息子オキが帰ってくるまで、仮にミヤツコの仕事をやってくれ」

「われらは相身互い。早く病いを治して下され」

 オミは心尽くしの言葉をおくり、仮のミヤツコを引きうけると約束した。

 一ト月後、キブネは死んだ。オミは約束どおり仮のミヤツコの仕事に就いた。すると何を思ったか急きょ大和の都へ旅立った。

 大和の王は数多の献上品を見てオミを歓迎した。

「重畳(ちょうじょう)重畳。キブネの息子が旅先で死んだと云うなら、あとはそなたに任せる」

 そう云ってミヤツコの地位を正式に認め直(あたい)という称号を与えた。笠原ノ使主(おみ)は笠原ノ直(あたい)ノ使主という立派な名前になった。

 オミはこのときをずっと待っていた。オミの家はキブネの家より常に下に置かれていたので、いつか見返したいと考えていた。同族ゆえの競争心とそれがもたらす憎悪がうずまいていたのである。両家が争うことになったときのことも考え、オミは味方を増やすために誰にもやさしい声をかけ信頼をあつめておくという権謀術数も使っていた。それが争う必要もなく、キブネの病いから仮のミヤツコが転がりこんできたんだった。

 ――この千載一遇、手放してなるものか。

 オミはその一心で策を練りにねって大和王の前にひれふし、直の称号を手に入れて帰路についた。とは云え、そのときはまだ人としての情が残っていた。

 ――オキは旅先で死んだかも知れない、もう3年も経つのに帰ってくる気配さえない。わしはそう云っただけだ。死んだとは云っていない。大和王が勝手に死んだと受けとったのだ。わしは知らぬ。

 オミは道々そんなことを呟き、まだ後ろめたさを感じる神経を持っていた。

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